タイ バンコク 夜遊び

ナナプラザのバービア嬢たち。享楽、強情、そして娼婦としての一面を目の当たりにする。

投稿日:2015年5月3日 更新日:

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※2014年3月の話の回想録です。

とある嬢に強引に引っ張られ

ナナプラザの中央にはバーが並んでいる。その一角で一人のバービア嬢に引っ張られて、店の他の嬢も合わせて三人と飲むことになった。

私を店に引っ張り込んだ細みの女はそれなりに綺麗な面立ちの、異様にパワフルで享楽的な性格の持ち主であった。彼女は英語も堪能であった。

残りの二人はそうやら姉妹のようで、英語も日本語もほとんど話せなかった。その姉妹はぽっちゃりとした体型で、姉の方はそれなりにおっとりした性格であったが、妹の方はというと、これが強情な田舎娘といった感じのどうしようもない女だった。正直に言って二人とも、美人とは言い難い容姿をしていた。

二人はまだ働き始めて日も浅い様で、これといって仕事らしい仕事もせずにただ座っているだけに思えた。姉の方とは、細みの女を介してのコミュニケーションになった。

彼女は英語が出来ないことを何度か「ソーリー」と言って謝ってきた。お客の私と会話が成り立たないことをどうやら申し訳なく思っていたようである。私は別に気にはならなかった。

とにかく三人のともよく酒を頼んだ。もちろんこういった場所での支払いはすべて客の私持ちになる。タイに到着して間もなかった私の財布のひもはその夜かなり緩くて、じゃんじゃんと奢ってしまい、そのうち匂いを嗅ぎつけたカウンターのおばちゃんらまでもが酒をたかってくるという始末であった。

おばちゃんには仕方なく一杯だけ奢ったのだが、そのあとは断わった。目の前の三人の女に散々飲ませているのだから、私はもううんざりであった。どっちにしろ、さすがにだいぶ絞りとられた感じがした。

三人の女はみなイサーン(タイ東北地方)地方の出身で、その出身地とこの様な店で働いている事が「貧しさ」を意味することはタイに何度か足を運んだことのある人ならだれでも分かる常識である。

彼女らも毎月、収入のいくらかを田舎の両親へ仕送りすることを欠かさないと言う。イサーンからの出稼ぎ者は、他にもたくさんいるようだった。むしろこの界隈においては、そうでない者を探す方が難しいのかもしれなかった。

細みの彼女はコの字型のナナプラザ一帯にぐるりと指を回して”everyone!”と大きな声で言った。カウンターでお酒を作るおばちゃんらもイサーン出身のようであったし、今私が座っているようなバービア(タイ式のバー)で働く娘しかり、ゴーゴーバーのステージで半裸で踊る娘らしかり、そのほとんどが貧しい東北部、イサーンの出と考えて差支えないようであった。

三人は酒を頼んでよいか一応は遠慮がちに尋ねるのだが、実際はいてまえいてまえってな感じで、ガンガン酒をオーダーした。

姉妹においては録に英語も日本語も出来ないゆえ、なにげないおしゃべりですら細みの女の通訳を介してのみやっと成り立つざまで、となれば、ただ座ってグラスの酒を飲みほして、また次の一杯をたかることのみが彼女らの仕事のように思えて、これはなんて楽な仕事だろうと拍子抜けする。

さて、彼女らが酒を「たかる」標的は、名誉か不名誉か日本人に偏っていることを付け加えておきたい。例えば細みの女がすぐ隣のイギリス人風の二人とテーブルゲームに興じはするが、見ていて酒をねだるそぶりと言うのを全く見せなかった。

ちなみにテーブルゲームで負けた方が酒を奢るというルールがこういったタイのバービアでは一般的である。

うすうす分かってはいたが、戻ってきたところで私は尋ねた。

「なぜ彼らには頼まないんだ?」と聞くと案の定「頼みづらいから」と答えた。対して日本人には頼みやすく、概してみな金払いがよいというのがその理由らしい。

要するに、頼まれれば断れない、金払いもよく、簡単に奢ってくれるのが日本の人で、これに対して欧米人はきちんと断わることができるからこういう事態が生まれるのだろう。

途中台湾人の2人組の男が席に着いたりもしたが、やはり彼らにも酒を頼もうとはしなかった。

はたしてどちらのタイプが良いのかは分からないが、今夜の私のように、あれよあれよと酒を奢るのはあまり良くないことであろうし、そうした振る舞いは、もうこの夜で最後にした。

旅が進むにしたがって徐々に、財布の紐もきつくなっていったし、そもそもこういったバービアに顔を出すこと自体も努めてほどほどにしておいた。

細みの女がやたらと私に触れてくる。これは悪い気はしないもので、心理学的にボディータッチは好意の証しと言う説もあり、逆手に取れば行為があると思わせる事も出来る。よって商売女たちの常套手段でもある。

くわえて彼女は、私の乳首をときたまつねったりもした。これは彼女のどういった心理を表した行為なのかいまいち分かり兼ね、それに対して私はいい気も悪い気もしなかったが、ただ、一発で私の乳首の位置を狙い当てた彼女の透視力はなかなかのものである。

彼女はペラペラと話をしながら時々私の前に立っては、私の膝や肩にもたまに触れたりした。

彼女は隣のイギリス人の男たちと話していても、合間を見つけては私の膝をつねりに戻って来た。わたしの目の前にいた姉はそんな彼女の様子を見て「She wants you」、とシンプルな英語で私に教えた。

こういったバーで働く女性の大半は、同時に娼婦としての一面も持ち合わせているのがタイの常識で、少なくとも彼女は私のことを「金のために寝る相手」としては合格ラインに乗せたのかもしれなかった。そうならば、私さえ彼女を連れだそうと試みていればきっと連れだせたに違いない。

ところが、私は彼女にそれほど興味が湧かなかった。たしかに3人の中では最も魅力的だたのだが、まだ酒の回りが足りなかったこともたしかに無関係ではないにせよ、それよりも、彼女の柔和さに欠ける存在感や、彼女の纏う危い香りによってほとんど欲情の兆しがなかったのである。

それになによりも決め手となったのは、とある小さな「隙間」であった。彼女が喋ったある瞬間にたまたま目に入り込んで来た、下前歯の間の無邪気な隙間が、その両側の歯にあたかも牙のような面影を与え、その牙にトドメを刺された形となって欲情は完全に死んだ。

意外にも、そんな些細なことが決め手となり完全に気が失せてしまった。そんな事が決め手になるのだと言う小さな発見に、自分でも少々驚き、自身の新たな一面を垣間見た気さえした。

※※※※※

ところで、バーカウンターの反対側からもなにか視線を感じていた。一人のそう若くもない女性が座ったままじっとこちらを見つめていた。その女には「海千山千」風情の、夜の世界で長く生きてきたオーラのようなものが漂っていた。落ち着き払っていて、肘を立て頬に手を当てて、こちらをじっと見ていることに気付いた。

周囲に目を泳がせながらなにげなく彼女を通り見すると、やはりまだこちらをじっと見つめている。ためしに私の方も視線を彼女に固定してじっと見つめ返し、口元を軽く上げて微笑んで見せるとやはり、向こうの口元も軽く上がったようなのであったが、どうも興味が湧かなかった。

例えばそれが、笑顔で軽く手を振るような気軽なアプローチであったなら、一緒に飲もうかという気も起こりそうなものだが、いかんせん真顔でじっととなると、なんだか不気味で私の手には負えない気じがした。

※※※※※

さて、私の背後にはレディーボーイ専門のゴーゴーバーがあって、レディーボーイの客引き達が色気を滾らせながら通りすがる男たちを誘っていた。そのうちの一人に、見覚えのある娘がいた。とても華奢で色白で瞳が大きくて、前髪パッツンの可愛らしい娘だった。

昨年、初の訪タイ時にルンピニのゲストハウスで知り合った日本人の旅人がいたが、その彼に連れられてこの一角を訪れた際に入った一軒がこのレディーボーイ専門のバーで、そこがレディーボーイ専門と言うことを知らなかった彼に、見事に正真の女と思い込ませ、でれでれと惚けさせた上に、胸を触らせてあげるという破廉恥な行為も受け入れていたのが、まさにその娘であった。

向こうはこちらのことなど忘れているはずだが、私はしっかりと覚えていた。

気になる様子で背後のレディーボーイ達を眺める私を見てか、姉が、「あの娘らはもう本当の女、あそこも切っているのよ。レディーボーイは好き?」と聞いたので、私は「嫌いではないが、まさか恋仲にはなれない」と答えた。

じっさい、恋に落ちた後に知ったとしたら、どうなるのかなど分かったものではないが。

※※※※※

さて、細みの女は会話の間にも、店の傍を通る客によく声を掛けた。時にはなかば強引に腕を引っ張って店に引きずり込んだりもした。

見ず知らずの外国人の腕をギュッと握りしめる大胆な行動力と、一度つかんだら離さない深い執念は、他のバービア嬢から頭一つ飛びぬけていた。見事だった。

それにくわえて、自分より3倍もあろうかという大柄な欧米人たちを、全体重をかけてよいしょよいしょと席まで引きずり込む綱引きのような力技も目を引いた。

どんな方法であれ客を店に引っ張り込んで席に着かせて、そして出来ればたくさんの酒を頼ませる。客が断われないタイプ、金払いのいいタイプと見るや否や無遠慮にガンガン頼み続ける。

すると即座に「コープクンカー!」と手を合わせ礼を叫ぶだが、その軽々しく、いかにも心のこもっていない露骨な態度は、客を金ヅルとしか見ていないということの動かぬ証拠であった。

そしてそうやって得た収入の多くが、イサーンの辺鄙な村の実家へと送金されるのである。強引な客引きから酒を奢らせるまでの一連の流れは、「とにかく稼ぐ」と言った彼女のシンプルで硬い意志に支えられているようだった。

この夜私が払った金のうちのいくらかも、もちろんイサーン行きである。田舎で娘からの送金を心待ちにしている、父親の酒代にでもなって消えるのだろう。

時には日本語で「どうぞ!どうぞ!いらっしゃ~い!」とさっき私が教えたばかりの日本語を駆使して、不慣れにそばを歩く日本人の男たちに声をかけてみせる。

彼女は「いらっしゃい!」と覚えたての日本語を我がものとして使う自分に無性な可笑しさを感じているようで、そう言ったそばから自分で笑っていたりする。そのような事からも、彼女に対してはとても享楽的なイメージを持つ事になった。

※※※※※

ぽっちゃり姉妹の姉は、妹の無礼ぶりに頭を抱えていた。妹は私に「ゲームしろ!」「酒奢れ!」とたびたび忌々しく迫った。そのたびに姉は困り顔で何回かは代りに謝って来た。困り顔の割には特に注意をする様子もなかった。

私はほどほどに酔っていたし愉快な気分だったのであまり気にせずに笑って流していた。これと言って私がなにかをしたわけでもないのだが、むしろ妹の馴れ馴れしさを許して過度に「なめさせて」しまった自分の振る舞いを反省すらしていた。

そしてそんな妹にはイライラするというよりもむしろ憐れみを感じていた。この性格や立ち居振る舞いでは、なにをやっても上手くいかないだろうと思えてならなかったからだ。

そんなどうしようもない妹だったが、彼女にもそれなりに酒を奢り、それなりに楽しい時を過ごしていた。だが同時に内心では、二度とこの店には来るまい、と自らと固い契りを交わしてもいた。こうしてお客さんは徐々に離れていくものだ。

後日この店の前を通りかかった所、姉妹が店から駆けおりてきて私を通せんぼした。私は「行かないよ」と言って素早いフットワークで切り抜けてから、後ろをふり返り軽く手をふったが、物惜しそうにこちらをずっと見ていた二人、たぶん、また飲みに来てくれるとでも思っていたんだろう。

妹は私の腕にパンチをくれることすらあった。それくらい良くも悪くもなめられていた。私は笑っていたが、パンチのあとで急に険しい面持ちで空手の構えのようなポーズをとって見せた。すると妹は本気でビビった様子で、慌てて私から離れていった。

それからというもの、彼女は遠巻きにこちらを眺めるだけで、いっさい近寄ってはこなかった。冗談のつもりでとったベタで適当な即興の構えだったのだが、まさかこれだけの威力を持っているとは少々驚いた。結果的に妹を撃退できたということで、やって良かったと思った。

腕にパンチを食らって以来、妹の事を「プアカーオ」と呼んでからかった。姉と細みの女はそれに大笑いしていた。細みの女が何かを話し始めた時、わざと遮るようにとぼけて「え?」と邪魔を入れる悪ふざけを繰り返すと、それにもよくウケけていた。

さんざん笑っていい気分になったのか、姉がハイタッチを求めてきたりした。金はたんまり取られたが、(もうこの店には来ない)と心に誓いながら私は良く笑いよく楽しんでいた。いつの間にかここのテーブルだけが異様に盛り上がっていた。

※※※※※

細みの女には姉がいて、彼女は埼玉に住んでいるらしく、スマホでfacebookのページを見せてくれたりした。

その後、彼女はなぜか過去の恋愛遍歴を立ったままワアワアと語り始めた。自己主張の強い女だと思った。主に、以前付き合っていた55歳のイギリス人の話だった。

その男はタイと周辺国の不動産をいくつか所有していた。それで彼と一緒にビジネスがてら周辺国を旅しながら回ったりもした。タイ語と英語が出来る彼女は通訳としても彼をサポートした。

その男は束縛が極度に激しかった。その結果彼女は自由を渇望するようになっていった。

別れを切りだしたのは彼の方だったが、あとあと寄りを戻そうとぐちぐちと連絡をしてきた。いまでも連絡がくるとかこないとか嘆いていた。彼女はもううんざりしていて復縁は断わり続けている。それで、今はここで働いている自分にハッピーなのだそうだ。

そのようなことを熱く延々と語り続けた。私はだまって聞いていたが、よく喋る大変そうな女だなぁと思った。いつもそばにいたらたまらんなぁと、想像するだけでうんざりした。

タイのこういったバーで働く女性にはありがちな話である。つまり、年配の欧米人と付き合う若いタイ人女性のカップル。これは、需要と供給がぴったりとマッチしている。

バンコクやパタヤなどの夜の街に引き寄せられくる、それなりに裕福な欧米人の旦那を見つけてきては、貧しい田舎に大きな家を建てると言うのが、彼女らにとっての一つのサクセスストーリーのようである。

これはだいぶ前から存在している、いわば定番のような話で、とくに貧しい出自のタイ人女性ならば、誰もが一度は思い描く人生の設計図の花形なのではないかと思う。

細みの女が英語で私に話している間、姉は話の意味が理解できず、英語が出来る彼女を羨ましそうな目で眺めていた。

ここで数年も働けば、彼女の英語力は格段に上がることだろう。

そしていつかは欧米人の旦那を捕まえて、田舎に大きな家でも建てるのだろうか。彼女の先輩たちにとってはそうしたストーリーは定番だったはずだが、発展著しいタイの今を生きる新たな世代の彼女たちにはそれとも、またなにか別の目論見があるのだろうか。

一方の妹だが、彼女には悪いがここで働いていても芽が出ない様な気がする。なにか、別の仕事を探した方が彼女には向いているのではないだろうか。

※※※※※

しばらくして、傍で飲んでいた水色のシャツを着た中年の欧米人が、件の細みの女を連れて夜の街に消えていった。終始享楽的な彼女であったが、男と店を出る際に一瞬だけ見せた気の入った顔がとても印象的だった。これが毎夜のことよと言わんばかり、ビジネスライクに、彼女は夜の街に消えた。

「実家に仕送りする」という彼女の言葉をなぞりながら、ガタイのいい男に連れられて行く小さな彼女の背中を、しばらくの間じっと眺めていた。

彼女がいくらで買われたのか私は知らない。おそらく2000バーツくらいだろうか?

この界隈、こういったバービアで働く女性はみんなこんな感じで、どの女もバーの店員と娼婦としての側面を併せ持って働いている。

むろん、必ず金銭のやりとりが発生するというわけでもないだろう。ただのナンパのように一晩を過ごすケースも大いにあり得るはずだ。

そこに遊びに来ている私はそれなりの下心を持った「買う側」の人間なのであったが、この晩はそういう展開もなく、その欧米の中年男と消えてゆく彼女の姿を見ていて、なぜか、なんとなくこの夜は、彼女を連れださなくて正解だったと思えた。

結局、一杯130バーツほどするラムコークなどを一人四杯ずつ、合計12杯ほど奢ったいた。私のウイスキーやビールの分と、バーのおばちゃんらに飲ませたぶんも合わせて、支払いは合計2000バーツを軽く超えた。

それでも、たかが6千円ほどだ。そしてそれは、その夜細みの女が男に買われた額と、そう変わらないのであった。

 

 

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