タイ バンコク

ゴールデンウィーク人気のバンコク。「東洋のベニス」の面影を堪能せよ!

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みなさん、今年のゴールデンウィークのご予定はお決まりだろうか?海外旅行を予定している方の中には、タイのバンコクでの休暇を考えている方も多いかと思う。

タイは世界中から年間2200万を越える観光客が訪れる「観光立国」である。もちろん、日本人観光客にとってもそれは例外ではなく、こと首都バンコクは日本人旅行者にも絶大な人気を誇る魅力溢れる大都市である。

最近のJTBの調査によれば、今年のゴールデンウィークで一番人気の旅行先になっているのはバンコクだとか。航空券、宿泊予約件数が最も多くなっているということらしい。

タイ王国の魅力は尽きない。この国にはほんとうにたくさんの見どころがある。ハーブの芳しいタイ料理や煌びやかな寺院、ムエタイの興奮、毎晩お祭りのようなナイトマーケット、南部に広がる魅惑のビーチ、それにマイペンライでサバーイ大好きの親切な人々。

タイの魅力に取りつかれてそのまま住みついてしまう人も多い。欧米からの移住者も多く、日本人の若者の移住先、リタイヤ後に移住したい国としても人気が高い。

私自身も一観光客という立場では満足できない。タイには移住も考えてしまうほど好意を持っており、タイの文化や国民性をはじめ、象の頭のような形の国土からむんむんと放たれる不思議な魅力に興味は尽きない。

バンコクに垣間見える「水の都」の名残

バンコクの風物詩の一つに交通渋滞がある。ピクリとも動かない車。吐き出される排気ガス。交通が流れ始めたら、今度は陸の「濁流」と化す。

ビリビリとやかましいトゥクトゥクやバイク、多くの日本車も入り乱れる、それこそ「川」を渡るのは一苦労である。

発展著しい「コンクリートジャングル」首都バンコク。いくつもの高層ビルが林立し、日々新しくにょきにょきと突き出してゆく。その足元には当然ながら硬く太い道路が縦横無尽に敷かれており、その上を狂ったように交通の濁流が流れている。

1992年には、バンコクの交通渋滞は首都の中で「世界ワースト・ワン」に選ばれると言う不名誉も獲得している。いまでも混沌雑多な様相を成すごちゃごちゃのバンコクの道路。交通死亡事故件数もワールドクラス、路面も凸凹だが、なんだか勢いがあって楽しい。

516336421_450d42e632_ophoto by pchweat

私は「街の今昔」のギャップに魅了されることがある。街やその一角に見る面影は想像を刺激し、心を動かし、そして魅せられる。じっと目の前の光景に目を凝らす。

すると、あまり良くは知らないはずの過去の姿が、切なさや儚さを伴って立ち現れてくる。それをひとり堪能し贅沢に味わう。感慨に浸る。そのようなひとり遊びが私は好きなのだ。

今から数十年前まで、がやがやと騒がしいこのバンコクという都市は別の顔を持っていた。じつはこの都市は「東洋のベニス」と称えられていた過去を持つ。

あのトゥクトゥクやバイタタクシーや自動車がけたたましく行き交う現代の交通事情は、かつての「水の都」の上に築かれた近代化の産物というわけだ。

バンコクの楽しみ方にまた新たな視点が加わる。そしてまさかこの今昔を放ってはおけない。

16753337222_c6b4e6d98e_bphoto by LIU JOEY

チャオプラヤー川を挟み、バンコク側に64本、対岸にはさらに31本、計95本の運河が悠々とこの都市を浸していた。現在バンコクの市街地を流れる運河は、チャオプラヤ川と数本の支流のみだが、昔は無数の運河が市街地を流れていたというわけだ。

少なくとも1960年代までは、バンコクの民にとって「水運」は主要な交通手段であった。運河の流れが人々の暮らしを支え、その流れの内に人々は生きていた。

タイ 開発と民主主義 (岩波新書)

庶民は小舟で移動し、荷物を運び、生活を成していた。小舟に商品をのせて売り渡ったいた。その頃、タイの民の暮らしは今よりもずっと穏やかで静かだった。ゆったりと、ぷかぷかと。ああ、なんて風情のある暮らしだろう。旅情を掻き立てる街なのだろう。

水上交通が生活の基盤であったころの穏やかな暮らしぶりはどこか懐かしく、それが今はもう失われてしまったという事実には一抹の切なさが宿る。なぜだか当時の暮らしぶりに思いを馳せる自分がいる。

すれ違う小舟、高床式の家屋、裸足が床を打つ音。軒先からなにげなく、川面にキラキラと映える陽光に目を遊ばせる「余裕」のある、豊饒なる暮らしがあったはずだ。

自動車の発明が人々の生活に与えた影響は計り知れない、と言われる。移動距離の拡張、スピード、生活スタイルの変化。街や国土のデザインにおいても道路の存在が前提となる。良くも悪くも、自動車は大きな影響力をもって現れ普及を遂げた。

近代化の過程でバンコクの街並みも当然、ありきたりな道路中心の姿に生まれ変わってしまった。今この時代にもまだ、バンコクに水の都と呼べるほどの運河が流れていたとしらどんなに素敵だろう。いや、こんなことを言っても仕方のないことは分かりきっている。

もちろん、水運では到底「発展」は望めないわけだけだし、発展できなければ国は脆弱さの中に取り残されてしまう。でも、いまだに街に水が流れ、その上をぷかぷかと無数の小舟が浮かんでいたらと思うと、考えただけでもうれしくなってしまう。

6297134935_583454ccb6_bバンコクは皮肉にも洪水によって「水の都」へと回帰する。 photo by Philip Roeland

皮肉なことにこのバンコクの洪水やスコールによる冠水も、「水の都」を捨てたことと無関係ではない。川を埋め立て道路を敷いた後の、不十分な「治水対策」宿命としての「地盤沈下」に原因の一端があるとも言われている。水の都の怨念が洪水となり、街を水没させているのかもしれない。

ついこの間も大雨の影響でバンコクの主要道路で冠水被害が発生している。プラユット首相は都庁の措置の遅さを批判し、対してスクンバム都庁は「60ミリと見込んでいたがそれ以上だった」と見通しの甘を認めている。

そして彼はこうも言う。「バンコクは川の多いところ。時たま洪水が起きるのは仕方がない。洪水がいやなら山に移り住むしかない」。水浸しのバンコクは、じつはとても自然な本来の姿なのかもしれない。

水の都と呼ばれていた頃から大洪水は起こっており、排水トンネルシステムの建設など多大な努力は払われてきたものの、地形や気候などの要因も相まって水災害は免れない。

夏季の「スコール」という風物詩は街を冠水させるものの、皆が皆ではないにしろ、人々の表情はどこか楽しげで、子供はここぞとばかりに水浴びを楽しみ、大人ももう慣れっ子であるかのように慌てない。

バンコクが洪水で水浸しになることは紛れもない「災害」だが、なにはともあれ街に「水を取り戻した」人々の顔にそれほどの悲壮感は見られない。

洪水、冠水、スコールに加え、ずぶぬれの大騒ぎをする「水かけ祭り」の光景もついでに頭に浮かんでくると、タイ人はもしや水とともに生きる「水の民」なのではないかと私にとっては新たな一面が浮びがってくる。

น้ำท่วมขังหลังจากฝนตก冠水にめげない水の都の女学生。photo by “http://www.bangkokpost.com/photo/photo/506903/rain-leaves-flooding-traffic-jams”

チャオプラヤ川の大型ボートで何度か移動した事がある。ワット・ポーや死体博物館へはボートが便利だ。辛うじて残っている街中の運河を疾走するエクスプレスボートもある。

それはとても安価で便利な足なのだが、合理的でどこかあっけない。バンコクのマイナーな交通手段としては楽しめても「水の都」の優雅さは微塵もない。

大型ボートじゃダメなのだ。たしかに娯楽性はあるのだが、やはり肝心の風情に乏しい。細く入り組んだ迷路のような運河を小舟でゆったりと進みがら堪能したい。

残り少なくなったバンコクの水路や運河には問題も潜んでいる。生活排水やゴミの投棄によってその水質は惨憺たるものになっているという噂。知り合いのタイ人もこれを痛く嘆いていた。なにげない用水路の川面にゴミの山を見た時は正直ぎょっとした。

099バンコクのとある用水路。なかなかのゴミっぷりだ。「マイペンライ」、やはり気にならないのだろうか?

水の都はコンクリートの下に消え、生き残った運河も汚水に犯されて行く。そういった運河はもはや、単なる「水質調査に便利な川」に成り下がってしまったのかもしれない。失ったものの大きさを痛感させられる。

唯一の救いは、辛うじて生きながらえる水上マーケットである。かつてのバンコクの水辺の暮らしを垣間見ることができる。ツアーに参加すればぷかぷかと小舟にゆられながら「観光客相手」の小舟物売りや高床式家屋の「絶景」を味わうことができる。

観光向けに再現してみせたアムパワー水上マーケットを初め、バンコクっ子にとっても「昔懐かしいタイの雰囲気」を醸すダムヌンサドゥアック水上マーケット、そして「土日限定、ローカルムード漂う」タリンチャン水上マーケットしかり。水質こそ保障はできないものの、このようにしてまだ「川辺の暮らし」を眺めることはできる。

そんな、バンコク本来の懐かしい姿や、いまだに街を流れるいくつかの運河。その「風情」の残り香の中に身を浸していると、そこから透けて見えてくるものがある。

かつて水の都に流れていたはずの緩やかな「時間」や豊饒な暮らしぶり、その内に見え隠れする、今よりもずっと無垢で自然にこぼれていた人々の微笑み。

いま「微笑みの国」から微笑みが消えかけていると言われて久しい。タイの昔を知る人に言わせれば尚更そう嘆く人も多い。水上の物売りやまだ川辺に暮らす民の瞳の奥にまだ残っているはずの記憶を、なんとか覗き見ようと試みる。

移動手段として小舟に頼る暮らしはもう壊滅してしまったのだろうか。いま、運河のそばに暮らす住民たちが日常的に小舟に頼ることがあるのだろうか。

いつの日かバンコクに残存する全ての運河を「小舟」でも借りてのんびりと船旅したいと思い立つ。そんな小さな野望を企んでいる。

バンコクの街並みを、スカイトレインでもトゥクトゥクでもなく、エクスプレスなボートでもなく、ぷかぷかと浮び流れる小舟からもう一度見上げてみたい。本来のタイ人の暮らしぶりやその心を体感して見たいのだ。

バンコクを訪れる方はぜひ「水の都」の名残を堪能して見てほしい。バンコクの運河にはまだ、旅情を誘う風情が辛うじて残っている。

7101941563_db2e8a1cb1_b観光地化されたマーケットとは言え、バンコクの運河にはまだ「水の都」の面影がしっかりと残っている。photo by Shin K

 

 

-タイ, バンコク

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