上海行きの機内でほんと死ぬかと思いました
成田空港を離陸する直前に機内で貧血のような症状に襲われた。
しかし貧血とはまた別ものの、もっと深刻なものだったのだ。
機内の空調がぼーっと唸りだしたのとほぼ同時だった。
全身から血の気が引いて行くような感覚が合図だった。
激しくなる動悸と大きくなる恐怖心
スイッチが入ったように急に動悸が激しくなっていった。
それとほぼ同時に芽生えた恐怖の塊がみるみる巨大化していき、
すぐに全身を支配するまでになった。
(な、なんだじゃこりゃ、俺死ぬかも!?)
まだ滑走路へと移動中の飛行機。
このまま離陸したらヤバイ。
スッチーに申し出て飛行機を緊急停止、
一人だけ降ろしてもらおうかとすら思った。
ドクンッドクンッドクンッ。
みるみるうちに呼吸が浅くなり、正気を保つのが精いっぱいだった。
(死ぬのか、いや生きる、死ぬ、いや生きる、大丈夫、うわ~どうしよどうしよっ)
今思えばいささか大げさな話だが(笑)、
その時は思考回路も体も恐怖に乗っ取られてしまいそうで
なんとか理性を保つために必死だった。
(※低血糖症は情緒を不安定にするようです)
ここで降りたら乗客に大きな迷惑がかかるし自分の旅の予定も大幅に狂ってしまう。
結局そのまま行こうと決めた。
実はこれまでにも何度か似たような状態を味わったことがあった。
今回のように酷くはないが軽い低血糖症のような状態にあったことは何度かあり、
そのたびに糖質を摂取すればすぐに体調は元に戻った。
なぜこの時は急にこんな酷い状態になったのだろうか。
(あとあと考えれば、この機内での体験が良い方向に進むきっかけになるのだが)
コーラをもらって飲み干す
いつものようにとにかく糖分を摂取して様子を見よう。
朦朧とする頭で、通りかかったスチュワーデスに懇願した。
「I need sugar, like chocolate」
混乱のため碌な英文が出てこない。笑
それにへろへろのため声がかすれてなかなかスチュワーデスに伝わらない。
追い打ち、彼女、あまり英語に堪能じゃないようだ。
こっちの英語のひどさもさることながら、向こうもあまり喋れないためか困惑しているようす。
こんな時に限って、、、。
「I don’t know…」
彼女は中国訛りの英語でそう答えた。
私は言いなおした。
「Can I have a coke?」(頼む!)
「コ、コーク?」
最初からそう言えばよかったのだがこっちもテンぱっていた。笑
しかし「Coke」でやっと理解してくれたようで(そりゃそうだ)、
コップ一杯のコーラをすぐに持ってきてくれた。
「Thank you」
そのコーラを一気に飲みほすのだが、それでも全然足りないようだ。
心臓の音が周囲に漏れているのでは?
そう思うほどの爆音ビートが全身に響き渡っていた。
窓の外に見える滑走路の地平線。
着々と離陸態勢に入る機体。
不安が体の底からこみあげてくる。
通りかかった別のスッチーにすかさず頼んだ。
緊急事態だ、遠慮はしていられない。
「Can I have one more?」
おそらく相当つらそうな顔で訴えていたことと思う。
それで今度は一缶まるごともってきてくれた。
(これで足りるだろうか、、、。)
半分ほど飲んだが症状はあまり改善しない。
体中が冷え切って軽い震えをもよおしている。
恐怖と不安がケラケラと笑ったままだ。
血流が悪い気がして足首や腕をしきりに動かす。
これはやはり低血糖症なのだろうか?
でもこんなに酷くて怖い状態は初めてだった。
減りゆくコーラ。次は炭水化物だ
「Could I have a bread or rice?」
また通りがかりの添乗員へ頼む。
低血糖症だとしたら炭水化物の摂取も有効だという知識はあった。
「Yes, but after this」
離陸するまで待てという。そりゃじゃ仕方がない。
しばらくはコーラで対応するしかない。
コーラがこれほど頼もしく、
また減ってゆく様に心細さを感じたのは、正真正銘これがはじめてだった。
左前の中国人のおじさん
若干ではあるが改善の兆しがあった。
なんとか正気を保って辛抱していると、
離陸後一番早く私の所に機内食を持ってきてくれた。
「Thank you」
「謝謝!」といってあげたい気分だったがその余裕は残念ながらなかった。
他の乗客を差し置いて独りだけ飯を食いはじめた。
周囲の視線が少し痛いがそんなこと気にしてられない。
周囲はほとんどが中国人だった。
そう、これは上海行き。
俺は中国東方航空の上海経由でバンコクにいこうとしている。
と、左前のおじさんがこちらをちらちら見ながら不服そうに中国語でぶつぶつ言っている。
俺の勝手な解釈だが、「なんであいつだけ早く食っているんだ」といっているように見えた。
目が合う。
やはりなんだか不機嫌そうだ。
そのまま放っておけばいいのだが、
勘違いされていることに耐えきれず私は英語で事情を説明してみるが理解されない。
自分でもこの症状がなんなのかよくわからない混乱の最中なのに、
なぜ中国人の言葉の通じないおじさんに理解してもらうことが出来るであろうか。
やはりまだ不服そうにちらちら見てくる。
しびれを切らし、軽くプレートを持ち上げて一言いった。
「Do you want to eat?」
そんなにたべたいならどうぞと自分のプレートを持ち上げて彼にかざしてみた。
じろじろ見るんじゃないよ、という意味で牽制したつもりだった。
すると「No, no, no」とちょっと驚いた様子だ。
それ以降こちらを見なくなった。
体調は少し良くなってきていた。
どうやらコーラが効いたみたいだ。
ということはやはりいつもよりしどめの低血糖症だったのだろうか。
それがわかると不安が少しだけ和らいだ。
かっぱ巻き、それにインゲンの煮付けのようなのを食べて様子を見ることにした。
最後にビーフをぱくり。(これは単に食べたかっただけ)
さっきよりは回復したけれどまだなんだかおかしい。
時おり血の気が引く様な感覚があり、寒気、不安も交互にやってくる。
しばらく様子を見よう。
毛布にくるまり様子見
上海までたった三時間の空の旅が、こんな消耗戦になるとは想像もしていなかった。
のっけから大変な旅となった。
以前似たような経験があったにしろこんなのは初めてだった。
はたしてこれが低血糖症なのかなんなのか、「低血糖」という名前は知っていたものの、
なにが原因でそうなるのかもこの時点ではさっぱり分からなかった。
とにかく体の血の巡りが悪い気がしたので、座りながら腕や足のストレッチをしてみたり、
手足を動かして体を気づかうしかなかった。
定期的にトイレにも立ち、中でまたストレッチをしてみたりした。
寒気から毛布を二枚はおって、神経質に体の声に耳を傾けた。
そうやって回復を待った。
もちろん帰国したら病院へ行ってみようと思った。
おじさんと和解
さっきのおじさんがヘッドホンの挿し口が分からなくてきょろきょろしている。
おせっかいにも、肘かけの所だよと教えてあげるとさっきとは違ってニコっとして礼を言われた。
これで両者の間にあった変な空気は和らいだ。
不必要に敵を作るのは得策ではないだろう。笑
よし、よし。
(なんでも聞いてくれオヤジ、俺に出来ることならするよ。)
境界型糖尿病との診断
着陸の頃にはほとんど体調はよくなっていた。
恐怖や不安もいつしか消え去り、寒気だけがまだすこしだけ残っていた。
大げさかもしれないが最初は本当に死ぬかと思った。
「死んでもいいや」と「絶対生きる」が朦朧とした脳内で交錯していた。
空の上のアウェイでの三時間フライト、久しぶりに怖い思いをした。
帰国後病院に行ってみると「境界型糖尿病」との診断。
糖尿病予備軍と言うことだ。
ショック。
親父の家系が糖尿だから覚悟はしていたけれど、まさか30手前でここまでになるとは。
でも早く気付いてよかった。
もし機内でこんな怖い思いをしなかったら、病院にも行かなかっただろうから、
発見は大幅に遅れていたことだろう。
現に糖尿病の合併症が起こるまで気がつかない人も多いらしい。
現在は食事療法と運動療法を実践しながら次回の検査を待っている。
半分は自業自得、酒と不摂生が祟ったのだ。
でも運動もしているし痩せ形なのに、やっぱ遺伝の力は大きい。
そんな事実をまだ知らない私は、上海空港内でひとりもくもくと炭水化物を摂取していた。
この時はまだ「炭水化物や糖質の撮り過ぎも悪い」ということを知らなかったので、
次のフライトに備えて少し多めに食べてしまっていた。
病魔がほくそ笑んでいるとも知らずにせっせと餌を与えてその肥大化に手を貸していたのである。
次のフライトまで8時間待ち
三階端っこのレストランでミートソーススパゲッティーとゴールデンマウンテンコーヒーを注文してぺロリ。
絶妙なタバスコ加減、温かい料理に一抹の安心感を抱いきホッとしていたこの哀れな男は、
酒豪につき、旅の間中この病魔にいったい何本のタイビールを献上したことだろう。
交通機関に頼らずよく歩いたことだけがせめてもの救いである。
(この病魔はウォーキングを嫌う)
さて、次のフライとまで八時間待ち。
独り空港内を散歩したり、椅子に腰かけ人間観察をしたり。
ショッピングも興味はないし、調度反日運動で在中日系企業や上海在住の邦人が襲撃を受けていた頃だったので
空港内にいても一定の緊張感を保った。
ラウンジンで椅子に腰かけては立ちあがり移動する。
眠りたいのだが、神経が高ぶり眠れない。
目の前の中国系のおじさんグループの声や視線が気になる。
なんかやっぱり日本人とは見た目が違うな。
眼光の鋭さに負けぬよう、私も毅然さを心がけた。
何となくくすんだ色の殺風景な空港内、それにどこか柔和さに欠ける人々。
低血糖症との戦いもあって、少し寂しくなってきた。
はやく温かい国へ行きたい。
自動ドアの奥から吹き込む一月の街風が薄着の体にとても応える。
ダウンは着ているが中は薄手のシャツを重ねただけ。
座り続けのケツも痛い。
でもここしか待つ場所がない。
横になったり、起きたりを繰り返してなんとかやり過ごした。