タイ 病気・怪我

境界型糖尿病の宣告から9カ月後の状況

投稿日:2014年1月12日 更新日:

le=”font-size: 12pt;”>私は去年の四月末に医師の口から境界型糖尿病という宣告を受けた。それから速やかに健康療法と食事療法を開始した。病院の栄養士のアドバイスも参考にしつつ、自らも書籍などを参考にして思考錯誤しながらの日々が始まった。

その結果、三カ月後の再検査では早々と血糖値を正常値に戻すことができた。血糖値はその時々の生活習慣によっていかようにも変動しうるものであり、一時の検査においての数値はあくまで気休めにしかならず継続的な生活習慣の改善が必要なことは言うまでもないのだが、それにしても早くも目に見えて改善の兆しが現れたことは喜ばずにはいられない。

境界型糖尿病とは、糖尿病の一歩手前の予備軍の領域にある状態を言い、自覚症状がほとんどないケースも多い。そために自分が境界型糖尿病であると気がつかぬままに放置してしまい、その結果遇えなく糖尿病に至ってしまう人も多いと言われている。

「少々血糖値が高い程度」という甘い認識のもとこれといった対策も講じずに数年が過ぎ、気が付くと本格的な糖尿病患者になってしまっており、その「望まぬ伴侶」と共にその後の人生を歩む事になってしまう方も少なくないようである。

そのような中、私の場合はかなりラッキーであったと言わなければなるまい。幸運にもまだ糖尿病という本段階に入る前に診察を受ける機会を持つ事が出来、さらに治療を開始することができたのだから。

私は2013年の初め、一人タイに飛んだ。それは二週間の気ままな一人旅で会った。前々からタイと言う国にはなんとなく魅かれるものがあり、私にとっては東南アジアの国々の中ではなぜだか一際キラキラと異彩を放っているように思えた。それで、調度仕事も辞めていた折り、持て余すように空いた時間を利用してふらっと飛んでみたのだ。

飛んでみたのは良いのだが、成田初の上海行きの機体が滑走路を走り始めて間もなく、謎の不快感に襲われて、離陸する頃には私の全身は激しい悪寒や震え、さらには恐怖心に支配されており、正直このまま死ぬのかと思うほど訳のわからない緊急事態に陥ったのだった。

実はそれ以前にも、何度か似たような症状に見舞われたことはあった。だが以前は「極度に空腹を極めた際に現れる症状」くらいにしか考えておらず、「糖質を補給しさえすればすぐに治まるヤツ」程度になかば放置してこれといって深く考えることはなかった。

ところが、あとで調べてみればその名を「低血糖症」とかいういわば糖尿病の手先のような症状は、今度は上海行きの乗客もCAも中国人だらけの機内、足のつかない空の上、窓を除けば下は海、そんな中で牙を剥いたものだからその恐怖はもうこれまでのとはけた違いであった。

タイの旅の最中にも何度か具合が悪くなることもあり、そのたびに糖質を含む飲食をしてやり過ごし、持参したi-padで何度も症状と照らし合わせながらリサーチした所、どうやら低血糖症というのが最も自分の症状に近いものであるという結論に行きついた。

同時にもしかするとその背後には糖尿病の姿がチラついていることも薄々気づいてはいて、まだ29歳ではあったのだが、そういった最悪の事態とも一応は覚悟しつつ、帰国後にしばらくして最寄りの病院へ向かったのであった。

あの時に機内で低血糖症という大きな恐怖を味わったのが不幸中の幸いだった。上空数千メートルの日本語の通じない機内で、得体のしれない体の異変と恐怖を嫌というほどに味わったことが、その後に症状はすぐに納まったとはいえ、これはただごとじゃないと言う認識の芽生えのもと、帰国後すぐに病院へ足を運ぶという迅速な行動に繋がったと思う。

それがなければ自分のだらしない性格から推測するに、おそらくそのまま放置された病状であろうから、もしかするとその数年後の間に病魔をすくすくと自らの手で育て上げ、結果30代前半にして早々と糖尿病患者の仲間入りを果たしていたとしてもなんら可笑しくはない。

そう考えてみれば、病院に足を運ぶことになったのも、そのきっかけになった上空での恐怖体験にしても、もとはと言えばあの東南アジアで独特の魅力を放つタイという王国に呼び寄せられたことがもっとも大きなきっかけであり、私が糖尿病に陥る一歩手前で治療を開始することができたのも、ひとえにタイ王国のおかげである。

境界型糖尿病=糖尿病予備軍

ここで境界型糖尿病とはいったいどのようなものなのかについて少し具体的に説明しておきたい。

「境界型糖尿病」とは言いかえれば「糖尿病予備軍」のこおとであり「正常でも糖尿病でもない状態」というとても中途半端なものである。だからこそまだ正常に戻ることができるし、この状態のうちに手を打つべきなのである。

血糖値で言えば空腹時血糖値が110~125mg/dl、ブドウ糖負荷検査から2時間後が140~199mg/dlという領域にある。

私は宣告を受けた去年の4月の時点でこの領域内にあった。

WHOの定義では、同じ境界型糖尿病でも二つのタイプに分けることができる。空腹時血糖値が上記の中間領域にある人はIFGと呼ばれ、負荷後血糖値が上記の中間領域にある人はIGTと呼ばれている。

IGTは食後高血糖タイプで、糖尿病の代表的な合併症である網膜症、腎症、神経障害などの細小血障害を起こすことは少ないが、大きな欠陥の動脈硬化症を起こしやすく、心筋梗塞や脳梗塞の危険がある。この発生率が糖尿病の人と同値だという。ところが、IFGの場合は大血管の動脈硬化の恐れはあまりないく、IGTに比べてある意味心配の少ないタイプと言えるかもしれない。

さて、私はというと、よりリスクの高いIGT、つまり食後高血糖タイプに属していた。空腹時の血糖値は正常値とほとんど変わりないのだが、糖質を摂取した後に急激に上昇するタイプである。

健康に対する過信があった

私はいま29歳である。

身長は177センチの体重は63キロほどであり、決して肥っているわけでもない。むしろ、どちらかと言えば痩せ形である。しかも、ちょくちょくジムにも通っていたしそれなりに運動もしていたのである。

だから「境界型糖尿病」との診断を受けた時は、覚悟していたとはいえ結構のショックであった。

タイから帰国後も自分なりに情報を集めた。自分の症状と照らし合わせて見た結果、どうやら「低血糖症」という病気が最も自分の症状に近いという結論にいたっていたのは前述の通りである。

ところが病院の医師の診断によれば「低血糖症は心配なけれど、境界型糖尿病ですね、誰かご家族に糖尿病の方はいますか?」とのこと。最悪の場合は糖尿病かもしれないという覚悟はしていたので、まだ「境界型」でよかったのだが。

私が機内やそれ以前に経験していた低血糖状態とは、どうやら境界型糖尿病による血糖値の激しい上下変動に起因するものだったらしいのである。

遺伝と乱れた食生活

さて、私の父や他界した伯父も糖尿病であった。そうした、遺伝から考えてみても私が将来的に糖尿病になる確率は高いという自覚はあった。巷の人たち異常にそうした注意が必要だとは思っていた。

ところが、頭ではそう考えていても、実際の生活習慣や糖尿病に関する知識に関してはまったくそういった意識には追いついていなかった。まだ年齢的にも二十代であったし、糖尿病がいったいどれほど恐ろしい病気なのかにも無知そのものだった。

実際にはだいぶ油断していたし、むしろその逆と言っていいほどにほとんど予防対策など施していなかったのはおろか、不摂生と呼んでいいような生活態度もかなりあったかもしれない。

そういった生活を続けていたことの根底には、なによりもまず健康に対する絶対的な自信があったと思う。それはつまり、これまでに大病一つせずに生きてこれたことや、血糖値とは無関係であっても、体も丈夫で風邪などめったに引かない質であったし、定期的に運動もしていて痩せ形だったことも油断に拍車をかけた。

具体的な知識を身につけることはおろか、食生活は自由気まま、好きな時に好きな物を好きなだけ飲み食いするというような生活を送ってきた。

今思い返してみると、過去の自分の食生活とは「糖尿病になるために最適な食生活」だったようにも思う。

例えばそれは、朝飯を抜いて砂糖たっぷりのコーヒーで済ませる、昼は腹ペコでご飯をかっこみ、その後は会社の休憩室ですぐに仮眠をとる、などと言ったようなことである。くわえて夜は近所の居酒屋で飲み食いして帰り、その後ラーメン屋で思う存分麺を啜る。

親譲りの大酒のみであるから、あらゆる酒を大量に飲むこともざらだった。煙草もスパスパと吸っていた。

その結果、早くも20代にして糖尿病の一歩手前の段階までやってきてしまったわけだ。これは当然と言えば当然の結果であり、私の場合は遺伝もあるのだから尚更である。

境界型糖尿病を放置しておけばなにが起こるのか。前述のように私の場合は、IGT(食後高血糖タイプ)であるから、IFGの人よりも危険な状態にある。だから、動脈硬化を促し、また、心筋梗塞や狭心症などの合併症を起こすリスクも高まる。今の時点でまだ糖尿病ではないとはいえ、全く油断ならない病状である。

ということで、どうやら洒落にならない状況にあることを痛感した私は、以来、糖質制限食と運動療法の実践を速やかに開始し、徹底した。

カロリー制限食ではなく、糖質制限食を採用

病院の栄養士さんからは「1日2000カロリーの食事」をすすめられたわけが、自分で色々と調べてみた結果では、どうも「糖質制限食」のほうが効果的であるという結論に行きつきいた。

従来の食事療法とはカロリー制限食である。私が栄養士からすすめられた「1日2000カロリー」というのもまさにそれに当たる。

最初の数週間は私もこれを実践していたのだが、自分でリサーチして行く中で「糖質制限」という考え方に出会い、結局カロリー制限食よりも理にかなっている方法だと思えた。

糖質制限食を推奨する人の多くは、糖尿病患者にとって最大の敵は食後高血糖であるという点を強調する。同時に、食後高血糖を招くのは「糖質」なのだということにも言及する。

したがって、糖質そのものを摂取しない、もしくは減らす、という方法が最も理にかなっている方法であるはずだが、従来のカロリー制限食はこれを実践していない。

ここに私がカロリー制限食を採用しなかった理由がある。血糖値コントロールに最も影響を与えるのが食後高血糖であり、それを引き起こすのが主に糖質だけなのであれば、糖質をピンポイントでコントロールすることが重要になる。だから、カロリーベースで考えるのはどうも筋違いに思える。

以上のようなことから、現時点では糖質制限食の方が効果的であるという結論に至った。しかも、カロリーを計算しながらの食事よりも糖質を意識するだけで済む法がシンプルに思えた。

それにくわえ、食べる順番や食べ方にもこだわるようになった。野菜からタンパク質、最後にご飯を食べるようにする、よく噛んで食べる、なども徹底し始めた。

炭水化物の適量を掴む

最初の数ヶ月は、糖質制限のさじ加減を掴むまでがとても大変だった。というのはつまり、ごはんの摂取が足りなすぎて、たとえば就寝前などに低血糖ぎみの状態になることもしばしばだったということだ。

大抵寝る前にそうなったのは、おそらく調度糖質が切れるのがその時間帯だったのだろうと思う。その度に、慌ててバナナなどの糖質を摂取して、状態が落ち着くのを待った。

ここが、糖質制限食の実践に当たって、注意しなければならないことの1つではあると思う。低血糖の最終段階まで行くと、意識を失い、脳にダメージを残すこともある。だから、糖質制限食を実践するにも、それぞれの病状にあったやり方で、指導のもとに行うのが安全だと思う。

私の場合は幸い、まだ糖尿病ではなかったこともあり、独自の糖質制限のやり方で、大した問題もなく血糖値を安定させることがここまではできている。

低血糖気味になると、不安感や恐怖感に苛まれるのだが、それが結構つらい。経験した事のある人は分かると思うが、じと~っとしたいや~な気分になるのだ。

その初期の段階では、イライラ、冷や汗、不安感などの症状が出るのだが、糖質制限食を開始した当初は、ご飯を抜きすぎたことや、境界型糖尿病により血糖値の上下が激しく低血糖になりやすかったことなどもあり、よく寝る前にこの症状が出たのだ。

それでも、どれくらいの糖質摂取がベストなのかを地道に見極めながら毎日を過ごした。一日のご飯のベストの量が分かってきたことと、血糖値が徐々に安定してきたことで、この症状は少しずつ改善されて行った。

特に食後の運動を徹底する

同時に、運動にも積極的に取り組んだ。それまでも定期的にジムには通っていたのだが、以降は、境界型糖尿病から脱出するための運動に切り替えた。

具体的には、「運動をするタイミング」を意識した。糖尿病を加速させるといわれている「食後高血糖」のタイミングに合わせて運動をすることで、血糖値の上昇を抑え、膵臓のインスリン分泌を抑え、負担を軽減する。

食後高血糖は糖質を摂取し始めてから30分後に開始されると言われている。ジムに行く際はそのタイミングを狙ったり、また食後の散歩を習慣化するなどして、軽い運動に取り組んだ。

糖質制限食を初めて最初の頃は、ジムで運動中、もしくは直後に糖質不足で低血糖気味になることがよく合った。そのたびにバナナなどで補給し、低血糖の初期段階で留めることが出来たので、これは大きな問題ではなかった。

徐々に、運動する日はどれくらいご飯を食べればよいかという感覚が身についてきたのと、境界型糖尿病自体が改善し血糖値が安定してきたことで、運動することで低血糖気味になるということもなくなっていった

酒の種類、飲み方を変え、煙草もやめる

酒の量も以前よりだいぶ減った。以前は量も種類も飲み方もあったものではなく、何でも好きなときにすきなだけ飲んでいたのだが、境界型糖尿病になってからは、量も減ったが、何よりも飲み方と種類をわきまえるようになった。

糖質を含むビールや日本酒などの造醸酒は極力ひかえて、焼酎やウイスキーなどの蒸留酒を中心に飲むようになった。摘まみも、野菜やタンパク質が中心になった。

以前のように、空きっぱらでビール、なんてことはまずなくなった。ただ、アルコールを分解するのに糖質は必要であり、足りなくなるとこれまた低血糖になる恐れがあるので、酒の量に合わせて時には糖質を

摂取することもあり、酔った頭でその辺のバランスを考えながら飲まなければならないので、結構大変だ。なによりも理性が求められる。

例えば、「酒の後のラーメン」という誘惑に打ち勝たなければならない。これまでの所、かなり高い勝率を納めているので今後も継続して行きたい。

酔うと欲望のままに食べてしまいがち。たまにはそれでもいいとは思うけれど。

それと、煙草もきっぱりとやめた。これまで何度も禁煙に挫折したが、今回は死活問題というだけあって、続いている。

糖質制限食と運動療法開始後3カ月で正常値へ戻る

糖質制限食と定期的な運動が功を奏したようで、3カ月後の定期検診での血液検査では、再び正常値に戻ることができた。2カ月前の検査でも、正常な血糖値を維持できていることを確認した。

現在、境界型糖尿病の宣告を受けてから9か月目に入った。私は2カ月前から土木関係の仕事を始めたのだが、日々の肉体労働のおかげか体調は良好。

仕事柄、朝と昼の炭水化物の摂取は必至だが、朝は仕事開始の直前に、昼も昼休みが終わる直前に米を食べて、糖質摂取後30分の時点では運動(仕事)開始の状態にあるように調整している。

糖質制限を開始した当初はまだ血糖値の上下が激しかったために空腹になるとすぐに低血糖ぎみになったが、最近ではそれもほとんどなくなった。

幸い、今日までの時点で、仕事中に低血糖でバテるといったことが起きていないのも、血糖値が安定しているというこのなのだろうと思う。

しかし、当然ながら一度正常値に戻ったからといってこれで万時解決ではない。今の正常値をキープして行かなければならないし、そのためにこの生活スタイルを維持していく必要がある。

これが最も難しい事だと思う。どうしても油断してしまうし、気が緩んでしまうものだ。

現に、例えば宣告から3カ月間ほどの緊張感は、正常値に戻ってからの現在はない。時には酒の後のラーメンを食べてしまうし、食後の運動をさぼってしまうこともある。

しかし、あまり気を張り過ぎてもストレスが増え、このストレスがまた糖尿病にも良くない。最低ラインを抑えつつ、継続可能な形を模索して行きたいと思う。

最後に糖質制限食と運動の実践にあたって参考にした書籍を紹介したいと思う。

 

主食を抜けば糖尿病は良くなる! 実践編

 

 

 

 

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