私は2014年の2月末から5月の頭までタイを一人旅をした。
今回の滞在中、タイの旧正月を祝うソンクラーンフェスティバルを初めて経験したのだが、
色々と考える所があった。
ソンクラーンフェスティバルとは、
もともとは、純粋に新年のお祝いであり、家族が一堂に集って共同で仏像のお清めを行ったり、年輩の家族のお清めを行う期間であったが、後に単なる水の掛け合いに発展したため、現在では新年と言うよりも祭りという色彩が強い。このため日本では(タイの)水掛け祭りという言い方もする事がある。wikipediaより
四月十四日から十五日が祝日となっており、前後の約十日間は祭典が行われる。
私も一日だけ路上に出て水をかけまくった。
残りの数日間は、街を歩けば無遠慮に水をかけられてびしょびしょになり、
時にはムッとすることもあったが、
なんとか風邪を引くこともなくやり過ごした。
ウォーターWAR
街中がゲリラ部隊、多国籍軍で溢れ返った絵を想像してほしい。
ただし、みなサンダルにTシャツ短パン、所持する武器はドラえもんの水鉄砲やバケツに洗面器。
街は笑顔や歓声で溢れ、南国の炎天下で街も人々も痛快なまでに水浸しになるのだ。
こうして「ハッピーソンクラーン」を合言葉に旧正月を祝うという楽しい水祭りである。
世界中の紛争や戦争も水鉄砲でやればいいのに、と何度か思ったものだ。
期間中はバンコクやチェンマイはもちろん、その水しぶきは小さな地方の街にまでおよび、
タイ人と観光客が入り乱れてずぶぬれになる楽しい祭りなのだ。
毎年数百人の命が失われる
しかし、この祭りには負の部分がある。
それは、毎年多くの命が失われるということだ。
祭りの約一週間のうちに、飲酒運転や無謀運転などによって多くの交通事故が起こり、
数百人の死亡者、数千人の負傷者を出すことになる。
タイ警察によると今年の期間中の死亡者は去年より1名減の322名、
負傷者は6.09%上昇の3225名とのこと。
全体の事故件数は去年より5.8%上昇したようだ。
http://www.globalnewsasia.com/article.php?id=369
交通死亡事故大国×ウォーターWAR
もともと交通死亡事故の多いタイである。
世界保健機関(WHO)によると、2010年の人口10万人当たりのタイの交通事故死者数は38.1名と世界第3位だったらしい。
普段街を歩いていてもそうだし、バスや車に乗っていても事故の多さには頷ける。
各車両が入り乱れて走る交通の濁流と、怪しい運転技術と、無謀な運転は常日頃から目につくのだ。
多少の飲酒運転も普段からざらだ。
これに、祭りの無礼講と水による襲撃などが掛け合わされた結果、上記の事故数、死亡者数を叩きだすのであろう。
正月の帰郷で交通が混雑すると言うのも原因の一つかもしれない。
こうしてこの期間は特に事故件数が上昇するのである。
危ない場面に遭遇
実際に危ない場面を何度か目撃した。
ウドンタニーの路上でタイ人や白人観光客に混ざって道行くバイクや車に水をかけていた時のこと。
当然ヘルメットなど被っていないバイクの青年が、白人たちのかける水に気をとられて前方で右折しようと減速していた車に接触した。
車の右側の車体に傷がついてしまったが、大事には至らなかった。
運転席から出てきた中年男性はここぞとばかりに青年を攻め立てた。
男はスマホで傷ついた車体を写真おさめると、どうやら青年に修理代を要求している風だった。
私にはその青年も被害者に見えて不憫に思えたし、
隣の白人旅行者たちの荒々しい水のかけ方に原因の一端があることも確かだ。
バケツ一杯の水を至近距離からバイク運転手の顔面めがけてぶっかけるのである。
バイクの青年が警戒心からそれに気を取られて前方への注意をおろそかにしてしまうのはいたしかたないようにも思う。
ちなみに自己弁護するわけではないが、私は走行中のバイク運転手に対しては加減して発砲した。
単純に危ないし、あまり夢中になるとこちらが轢かれるかもしれないからだ。
白人の旅行者や私は、その光景に口をぽっかり開けてしばし呆然となった。
周囲のタイ人たちも「あらまあ」といった具合でその光景を眺めていた。
最終的にその青年とオジサンがどのような結末を迎えたのか分からないが、
私はこの祭りの陰の一面を目の当たりにした気がした。
もちろんこんなのは序の口、接触しただけで怪我がなかったのだからまだ良かったのだ。
このような軽い事故から飲酒運転や無謀運転による死亡事故までこの期間に起こるのである。
「ハッピーソンクラーン」を合言葉に盛り上がった結果、
数百体の死体が残るのだから皮肉なものだ。
タイ人の気質が垣間見える
この期間の飲酒運転や無謀運転の多さにしてもそうだし、
毎年懲りずにおこなわれる水かけにしてもそうだが、
私としてはその辺りがなんともタイらしく思えてならない。
人々の表情はなんのその、皆このイベントを楽しもうと夢中に見える。
タイ政府はせいぜい事故防止キャンペーンを実施するだけである。
安全運転を促したり、検問を敷いたり、水のかけ方に節度を求めたりということだろう。
その効果がいかほどかは、上記の死亡者の数を見れば明白だ。
水かけに節度を求めると言うことは、水かけ行為が原因の事故も多いということだろう。
それでも、毎年平然と祭りが行われるというのは私の目には面白く映る。
正月に飲酒量が増えるのは仕方ないが、水かけ祭りを止めるだけでもだいぶ事故は減るだろう。
厖大な経済効果を生む祭りであるのは確かだが、毎年計上される死者の数は、はたして天秤上で釣り合うものなのか疑問だ。
タイ人にとっては、今の死者数では祭りを中止する理由としては不十分なのだろうか。
そうすると、死というものに対する考え方も私とはどこか違ってくる。
死も、「マイペンライ」の枠内に収まってしまうのだろうか。
元々の祭りの原型通り、「お清め」程度の水かけに回帰するという提案はまだ出てこないのであろうか。
たった2カ月の滞在で得た私個人の見識によると
やはり彼らタイ人は目の前のサバーイ(気持ちいい)を優先する気質と、
小難しい事にはマイペンライ(大丈夫、気にしない)で対応するおおらかさがある。
飲酒運転や無謀運転の多さや、
ソンクラーンフェスティバルの犠牲者、
そしてそれにもめげずに毎年暴れまくる彼らの光景は、
そのあたりとも関連している気がするのだ。
まとめ
皆どこか「マイペンライ」といった感じで、そこがタイの魅力でもある。
大袈裟に言えば、死ぬとか生きることに関する感覚がどこか日本人と違うように思う。
一介の旅行者である私は、そんなタイの雰囲気が心地よくもあり、
ふとした瞬間に垣間見える感覚の違いが、時に恐ろしくもあるのであった。