犬の足跡。溢れんばかりの地域犬が、乾き切らぬうちに踏み込んでしまったのだろう。
タイは野良犬天国
ご存知の方も多いと思うが、タイという国は野良犬天国でもある。旅の道中、犬を見かけない日は、まずない。バンコクの路地裏から地方の田舎町にいたるまで、野良犬、津々浦々である。
彼らの中には「地域犬」と呼ばれは地域ぐるみで世話をしている犬も多く、野良犬らとともに生活している。基本的に温厚で、こちらから攻撃をしたり、怪しい動きをしなければ平和的だが、条件が揃えば、ターゲットにされ兼ねない。私も、ちょっとした油断から、何度か襲われかけた。危険な目に遭ったという旅行者にも、現地でなんにんか出会った。
危機一髪。人通りの少ない夜道には特に注意。
地域犬うんぬん以前に、人通りの少ない夜道には近づくべきではない。しかし、タイの生活にも慣れ、治安の良さに危機感が薄れてくる、近道ならば通ってしまいたくもなる。はじめは街に屯する野良犬の数や、その野生味溢れる風貌に慄き、そばを通る時は相当に注意したものだが、のらりくらり、ダラダラした奴らの態度を見慣れてくると、次第に牙などの光り物の存在も 忘れて行く。
そんな油断が悲劇を招く。
東北のスリンという街の、薄暗く人けのない夜道を歩いている時だった。駅前の屋台で晩飯をとり、街の東側のバーへと向かっていた。車道の右端に停車された数台の車の脇をとぼとぼと歩いていた。民家から漏れる灯りが、少しだけ道を明かした。駐車中の自動車の間をするするっと抜けて車道の中央に出た。車の影の視覚になったチンピラ犬に、気がつかぬまま、、、。
次の瞬間、牙を剥き出しにした犬がトントン近づいてきた。いつのまにか奴のテリトリーに入っていたのだ。反射体に後ずさるが、縮まる距離。
(ヤバイ)
あまりに突然で何もできない。
(殺られる)
その時、眩しいライトが二つ、両者に割って入った。振り返ると、後続の車が数台迫っていた。危機一髪、救われた。次にバイクが続き、また一台、二台と車が、二者の間を割くように走り抜けた。この隙に、もたつく足を歩道の上まで運んだ。
離れた。
狂犬は、向こう側でライトを鬱陶しそうに眺め、前足で頭を掻きむしっている。邪魔を呪っているのか、、、。
しかし、あの迷いのなさ。君は私が怖くないのか?
車が消え薄闇が戻った頃、犬は踵を返し、また闇に伏せた。私は、しばらく犬を抑えるように見つめ、元来た道を戻った。
バーに行くのはやめ、ホテルに引き返したのだ。風邪気味だったこともあった。
「あっぶねえ〜!うわー、完全に油断してた〜」
緊張が解け、思わず一人唸った。完全な油断。車の前部の陰に伏せていたのだ。
あれほどの殺気と対峙したのは、久々だった。そして命拾い、といったら大げさだが、あのまま車がこなければ確実に噛まれていた。
車なんてほとんど通らなそうなあの道で、走行車に助けられるとは、、、。ほんとうに運が良かった。
以来、タイの野良犬の見方を改めた。鋭い牙と攻撃性を秘めているという当然のことを胸に刻む。
物陰にはきをつける。見えないものを見る力。笑
特に彼らの牙は夜に光るようだ。日が落ちると、確実に攻撃性を増す。完全に狼気取りだ。
人けのない夜道は避けるべし。
ルンピニのゲストハウスのおばちゃんも言っていた。
「地域犬はテリトリーを犯されると攻撃してくるの。怖いわよ」
噛まれたら、狂犬病などの危険もあり、シャレにならん。気付かぬうちに近づいてしまっているのが、最も怖い。
そして、周囲に人がいなければ襲われてもわからない。日本人のSさんは、バンコクの路地で数匹の地域犬に絡まれ、助けを呼んでなんとか危機を脱したとか。私も前述のスリンでの体験以外にも、夜のチェンマイの路上でも何度か威嚇された記憶がある。 バンコクの路上。日本でいう所の「野犬」のようなやつらがタイのいたる所にごろごろいる。昼間は温厚なのだが、、、
なぜこんなに地域犬が多いのだろう
そもそもなぜこんなに地域犬が多いのだろう。宿のおばちゃんは、「捨てられたペットが繁殖して増えた」と言っていた。そして、「駆除で殺すぐらいなら共存するというのが大方のタイ人の考え方なのよ」とも。
タイにも保健所はあるようだが、日本のように殺処分はしない、という話はよく聞く。国王が犬好きなことも関係してるとか。
日本では年間10万匹の犬が殺処分されているという情報もネットで目にする。もし殺処分をやめ、放し飼いを認めたら、街中犬だらけになるかもしれない。今は、そうならないように駆除していて、見えないところで消されているだけの話だ。
タイでは、一見野良犬に見えるが、実は放し飼いされているペットも多い。それが、地域住民で餌をやりあっている「地域犬」なのであるだ。
本当の野良犬の方が少ないのではないか、とすら感じる。こうなると、野良犬ってなに?ってな感じだ。
みんな上手く人にたかりなが、ダラダラと暮らしている。その身の上で、テリトリーを少し犯されたぐらいで、襲いかかってくるとは大層なご身分と思う。それも、狂犬病をかざしながらである。
毎年、世界中で5万人以上が狂犬病感染で死亡
外務省の海外安全HPによると、毎年世界中で五万人以上が狂犬病感染で死亡しているようだ。特にアジアを中心とした地域で発生が多く確認されている。日本、英国、オーストラリア、ニュージーランドなどの一部の国を除いて、世界中ほとんどの国で感染する恐れがあるという。
タイを訪れる以前は、狂犬病の心配などしたことがなかった。スリン県で味わった恐怖が、初めて真剣に考えるきっかけになった。その「五万人」という数字をつぶさに見ずして色々述べることは控えたいが、決して少ない数じゃないと見る。
13年のタイの狂犬病死者数が6人という記事。(newsclip.be)これには少ない印象を受けるが、、、。インドが大量の狂犬病死者を出しているという情報も見かけた。
もし噛まれたらどうするか
いくら注意していても、噛まれる時は噛まれる。その時、どう対処するか。
外務省HP曰く、直ちに十分に石鹸を使って水洗いする。その後、すぐに医療機関で傷口を治療し、ワクチン接種をせよ、とある。事前に狂犬病の予防接種を受けている場合においても、である。傷口を洗って、最寄りの病院へ駆け込むしかない。
発病するとどうなるのか。HP曰く、潜伏期間は大抵一ヶ月から三ヶ月、長期なら一年から二年後に発病するケースあり。発熱、頭痛、嘔吐と来て、筋肉の緊張、痙攣、幻覚まで見せてくれる。飲水でも痙攣(恐水症)、しまいには微風にすら痙攣(恐風症)と、水や風に震え上がり、果ては犬のように遠吠え、よだれ、昏睡、呼吸麻痺、そして死。発病したら100%逝く。
人けのない夜道は二度と歩かないようにしたい。
昼間でも襲われる始末
と、思っていたら、昼間でも襲われかけた。タイ北部山奥の少数民族の村を訪ねた時だった。
到着後、タイ人のガイドから離れ、独り村を探索していた。民家の周りに、野良犬か飼い犬か、2、3匹の犬が大人しくしていた。私はその前を恐る恐る通り過ぎ、村の外れの小道に差しかかった。次の瞬間、一斉に犬の罵声が飛んできた。ふり返ると、さっきまで知らん顔していた3匹の犬が、血相変えて吠えたてて、道を塞ぎ立ちふさがった。
このまま小道を下れるが、先に人けがない。向こうに追い込まれたらいよいよやられる。
(なんとかして戻らなくては)
私は吠えたてる犬から目を逸らさず、(本当は合わせない方がいいらしいが、こうなったらもう喧嘩だ)、ゆっくりゆっくり近づきながら脇をとおり抜けようとした。
騒ぎを聞きつけたのか(笑い)、民家から男が出てきて、犬たちに怒鳴った。私は相当びびっていたが、引きつる顔に何とか笑みを浮かべ、男に向かってそうっと両手を合わし、礼を示した。そのままゆっくり犬から離れ、雑貨屋で寛ぐガイドのもとへ、何事もなかったかのように戻ったのであった。
危機回避能力がまだまだ足りないようだ。
みなさんも気をつけてください。
「指名手配犬」ではない。宿のオーナー曰く、どうやら「尋ね犬」のようだ。