タイ バンコク 夜遊び

タイの風俗「マッサージパーラー」。訪泰初日のちょっと怖い思い出。

投稿日:2015年4月19日 更新日:

3345203601_2dc1463e5e_bphoto by Jake Pierson

 

これは2014年2月頃の話です。

カオサン通りでトゥクトゥクに捕まり「小ツアー」へ

二度目のタイ。これはバンコク初日の夜、一人散歩に出かけたときの話である。

カオサンロードの辺りでトゥクトゥクの運転手に捕まった。ハスキーボイスで威勢よく「ブンブン(タイ語でSEXの意)!マッサージ!」と嗾けてくる。

「カオサン周辺は物価が高い。この辺はダメだ。美味くて安いローカルフードを食わせてやるよ。それからブンブンのできるマッサージもだ。まず屋台で飯を食ってそのあとでってのはどうだ?」彼は私を捕まえるとエネルギッシュにそのような言葉で誘い掛けた。

彼は名をブン・ミーといった。聞くところでは、スリン県に妻と二人の娘を残しており、もう10年以上もバンコクで出稼ぎをしている。今はカオサン付近でこうして客を取ってはトゥクトゥクを転がす暮らしだ。

私の無計画な夜の散歩が、彼の提案によって怪しく彩られてゆく。「ブンブン」には興味もあるが怖さもある。だが、訪泰初日、ちょっとした冒険をしてみたいと思った。

「ツアー!チープ!チープ!」

額に噴きだした汗をキラキラとさせながら立て続けに売り込まれ、私の夜のぶらぶら散歩は「安くてうまいローカル屋台」で腹を満たしたあとに「マッサージパーラー」へ向かうと言う、あまり自慢の出来ない小ツアーへと変化を遂げたのであった。

足代総額180バーツ。いかんせん行き先が不明のゆえ、それが安いのか高いのかよくわからん。

けれども、イサーン地方一貧しいと言われるスリン県に所帯を持ち、大都会バンコクで稼ぐ父のエネルギッシュな営業トークに押し負かされて、取りあえずは流れに任せてみることにした。あまり深くは考えていなかった。

日本の風俗でもピンサロくらいしか行ったことのない私は、タイのマッサージパーラーに「行ってみたい」ようで「ちょっと怖い」心持という矛盾した感情があった。有名なゴーゴーバーは覗いたことがあったが、MPはまだ未体験ゾーンだった。

マッサージパーラーとは?

タイのマッサージパーラーとは、日本で言うところのソープランドによく似たシステムのタイでは有名な風俗業態である。略称としてMPという表記や呼び方も普及している。同じくタイではとても有名な「ゴーゴーバー」と並んでタイの代表的な風俗だと言える。

大きな特徴としては「雛壇」や「金魚蜂」と呼ばれる巨大なガラス張りの「ショーケース」の内側に、「キャスト」と呼ばれる数十人の女性達がずらりと並んで腰掛けており、客の男たちは真正面のソファーに腰掛けながら露骨に彼女らを物色できるようになっている。

好みのタイプや目ぼしい子がいれば店の案内役に指名をして個室に移り、その後にサービスを受けることになる。

料金はもちろん店舗によって多少異なるようだが、だいたい1500バーツ~4000バーツの間に納まるようである。その他にもサービスを受けた女性にチップを支払うのが一般的のようである。

タイバンコクのとあるマッサージパーラー。photo by https://www.youtube.com/watch?v=gKOvsZ37n1Q

話は戻って、まずはデモ隊と警官隊の衝突現場を見に行くことに

くわえて「デモ衝突跡に行けるか?安全なら行ってみたいのだが」と、ここからほど近い、数日前にデモ隊と警官隊の衝突があった現場へも向かってもらうことにした。ぜひとも現場を写真に収めておきたかったものだから、これも小ツアーの頭に加えてもらう事にした。

彼はOKだと言った。続けて「ファイブポリスダーイ(five polices died)」と、立ち木に掛った地図で現場を指さしながら人が亡くなった割には明るい声音でそう教えてくれた。

今ではもう安全だが、数日前にあった件の衝突によって5人のポリスがダーイしたらしいのだ。(五人も?それは本当か?)

緊張感が高まった。

ブン・ミーは、傍の空き地の暗がりに紛れて上機嫌に立ち小便をしてから「ソーリーソーリー」とニコニコと駆け戻ってきて、トゥクトゥクを走らせた。客が取れたからだろう、やけに嬉しそうである。

民衆と権力が激突し、何人かは血を流し、ブン・ミーによれば5人もの警官が死んだらしい場所。後での私のリサーチによれば、死んだのは1人の市民だけらしかった。よくわからん。

人が死んだ現場を見に行って、その足で風俗に向かうというこの即席の個人ツアー。いささか不謹慎にも思える。

だが、人の「生」から「死」までの間に必ず入り込んでくる、切っても切れない「性」だから、深く考えればちょっとした哲学的なツアーでもあり、まあ、よしとすることに。

いかにも物騒なその一角には、ものものしい静寂さが漂っていた。

なにげない黄色い柵が妙に威圧的で、その背後には横転したボロボロの自動車や崩れた土嚢袋の山があって、衝突の激しさを物語っていた。

「近寄っても大丈夫なのか?」とかなりビビっていた私が彼の判断を煽ると「ok.ok!ノープロブラム」といかにも何でもなことのように促した。

もう安全だから連れてこられたのだろうけれど、タイ人のマイペンライ、言いかえれば彼ら特有の「適当さ」をそれなりに熟知しているつもりの私はそうやって念を押した。そして恐る恐る横転したトラックなどにシャッターを切りはじめた。

131数台のワゴンやトラックが横転していて、献花もされていたりした。

132

数枚目にさしかかった所でいくらシャッターを押してもカメラが反応しなくなった。「ファイブポリスダ~イ」が頭をよぎり、全身に鳥肌が走った。

よくある心霊スポットでの不可解な「あれ」か?霊魂の無言の警告に抗うことなく、チキンな私はぞくぞくしながら踵を返した。

霊感はない。けれども、肝試しなどの類が大嫌いで、霊には畏怖の念がある。そんなだから、ここで無くなった人々の霊魂の仕業かもしれないと慄いた。

彼のもとへと戻り一言「行こう」と促した。冷静を装ってはいたが、しばらくの間心臓が騒がしかった。

既にデモ隊はバンコクの別の各所へと移動しているようだった。したがってその場所はもう「安全地帯」のようであったのだが、激しい衝突の爪跡を静寂が不気味に引き立てる非日常的な光景は、日本の平穏な田園地帯からやって来たばかりの私にはかなりパンチの効いたありさまであった。

バンコクのローカルな屋台

さて、「ツアー」は進み、とある川の傍の屋台通りに辿りついた。もうここがバンコクのどのあたりに位置するのかも分からなかった。

そこはとても衛生的とは言い難い風情の屋台だった。数個のテーブルと椅子とがおかれただけで、これと言って「名もなき料理」が銀皿に盛られていた。

彼の行きつけのようだった。店主とも顔見知りの観が見受けられた。

彼はまず、立ち木の下のバケツの水でじゃぶじゃぶと手を洗い、木に垂れさがった草臥れたタオルでそれを拭った。私も彼に続いて真似た。

手を洗っているようで、汚しているような気分だった。だが、こういった小さな行為を通して、少しずつタイという国に慣れてゆくことができるのは確かだった。

さて、どうやら彼も食べるようである。それも私の支払いで。

なぜか、彼の分の飯も奢るはめになった。そんな話は聞いていなかった。

それでも、彼はシンハービールを奢ってくれた。向かいの露店まで駆けていった彼の背中にちょっとした親しみが湧き、「チャラ」にしようと自分を納得させる。

「安い」のだが「美味い」のかどうかは分からない。なにはともあれ、ローカルフードでそれなりに腹を満たす。

なにを食べたのか良く覚えていない。彼が色々と料理の食べ方や説明をしてくれたのだが、どうもよく覚えていない。

舌が、緑の野菜の酸っぱさを辛うじて覚えているだけ。あとは魚のスープのようなごたごたしたやつがあったかもしれない。

分からずに適当に頼むしかなく、気が付くと小さなテーブルが皿で一杯になっていた。結局食べきれずに残してしまったのはとてももったいなかった。

普段料理を残すことなどめったにないし、金に余裕があるわけでもないから余計にだった。

まだタイの空気に慣れ切っていない戸惑いのようなものが全身を支配していた。そこにさっきの「霊魂」の、なんとなく青白くひんやりとしたものが、時々頭をかすめていた。だからあまり楽しくはなかった。

ちなみにあの時シャッターが切れなかったのは、ただ単に焦りからくる「速押し」のせいだったと後で気づいた。いかんせん怖がり過ぎなのである。

タイに来た実感が飲酒運転で湧いた。ラム酒「HONG THONG」を食らう。

少し酔いたかった。未開の風俗を前にして、素面じゃだめだった。途中、セブンイレブンで「Hongthonng」というラムを買った。

本当はウイスキーを買ったつもりだった。ブン・ミーもカウンターの奥に並んだそれを得意げに「チープタイウイスキー!」と教えてみせた。私はウイスキーが飲みたかった。

各地でデモが進行するバンコク。緊張感、初日の不慣れさ、「霊魂」にシャッターを阻止されたことへのショック、未開の風俗。

落ち着かない。だから酒を飲む。

トゥクトゥクに戻り、キャップを絞り開けて少量を食らった。「俺にも少しくれよ」今度は彼がグビッと飲んで、ひとつ調子付けしてから走り出した。これを飲酒運転と呼ぶ。トゥクトゥクやバイクに酒瓶が良く似合うのがタイだ。

私がさらにラムを飲み続けていると、心配した風の彼がミラー越しに言った。「あまり飲み過ぎるなよ」。飲酒運転のお前が言うなと思ったが「OK」と答え、酒気を帯び始めたトゥクトゥクに「タイに来たんだ」という実感が湧いてきた。

137タイのラム”HongThong”。セブンイレブンで135バーツほど。

もう、ここがどこかもわからない。わかっていることはバンコクにいるということだけだった。

時おり迷彩服の兵士の一群や、同色のテント、土嚢が目についた。街の各所に点々と配置されていた。

ブン・ミーは喧騒に負けぬ声でミラー越しに言った。「あと二週間したらスリンへ帰る。もっと大きな衝突が起こりそうな気がするんだ」。

「有事」の空気が立ち込める中を風俗へ向かっているうちに、「その気」が増してゆくはずもなかった。

トゥクトゥクは構わず目的地へ向かう。ブン・ミーはなにがうれしいのか私よりも元気だった。一方の私は、まったくラムの効いてこない頭で、今度は性病の心配をし初めていた。

コンドームをつければ99%安心なのだと言われれば、多くの人は十分な安心を得るのだろう。

ところが私は違った。肝試しの類は大嫌いだし、シャッターが切れないのは霊魂の仕業とビビり、例えばどんなに金を積まれてもジェットコースターには乗らない。だから、残りの1%が気になってしょうがない。

「99」よりも、たったの「1」の方が不気味な存在感を放って大きく見えてしまう。

ついに辿りついたMP。しかし、、、

怪しげな灯の漏れる建物が並ぶ一角に着いた。トゥクトゥクがガラス張りの店の前に停まると、中からいかにも柄の悪い三人衆がぞろぞろと迫ってきた。

浅黒いスキンヘッドの男がボスか、そして目の細い小太りの男、背の高い男の若手らがボスの半歩後ろか両脇を固めて近づいてくる。

性病の心配と、「有事」の空気に埋め尽くされたラムの効かない張りつめた頭では、とても風俗どころではないわけであったが、スキンヘッドが親しげに私の肩にいかつい腕をまわして店の入り口へと引っ張られるとさらなる追い打ちとなる「恐怖」が芽生えた。

平静を装い、だが内心助けを乞うようにブン・ミーの方を振り返ると、彼はあたかも重要な任務を果たしたように満足げに煙草を吹かしている。

スキンヘッドのヘッドロックによって、私は恐怖の館へと引きずり込まれて行った。左手に握りしめたラムが唯一の武器であった。歩を進めるごとに(ゲストハウスに帰りたい)想いが急激に肥大化してゆく。

私は、中にいたブルーシャツのオールバックの案内役に引き継がれ、ソファーに座らされ、奴がピタリと脇に着いた。なんとなくもう、後戻りはできない空気が完成してしまっていた。なにかに「セットオン」された気分だった。

目の前のガラス張りの雛壇に目をやると私の恐怖はついに極みに達した。そこには厚化粧のみな揃ってぷよぷよの女たちが「商品」としてずらりと陳列されていた。

うち数人が笑みを投げてきたが、残念ながら誰一人として性欲を掻き立てる者はなかったし、彼女たちのせいだけではなくその状況や店のシステムがそうさせなかった。

マイナスにまで冷え込んだ欲情をプラスに、いやせめて0にまで引き戻してくれるような力を持った娘でもいればまた別の展開もあり得たのだろうが、ガラスの中の尊敬すべき女性達は私に別の決定的な決断を促した。

 

(逃げよう)

 

「酒瓶をトゥクトゥクに置いてくる」と咄嗟に奇妙なことをオールバックに告げると私はすっと立ち上がり、なかば強引に店を出た。それを見た男たちが私の奇行に驚き後を追って来る。

なにも逃げるように出なくて普通に「タイプの子がいない」と案内役に一言告げて出てくれば良かったのかもしれない。見るだけ見て店を出ることも容認されているはずのシステムである。

ところが私は前述のようにビビっていたし、柄の悪い男たちからも「逃がさないぞ」オーラがむんむんと発せられていた。それは間違いないと思う。

私はブン・ミーの所まで速足で戻った。(早くゲストハウスに帰りたてぇ!)

その時の私には誰もが敵に見えていた。スキンヘッドや若い衆も、オールバックも、ガラスの奥のけばい女たちも。最後の希望がブン・ミーだった。もしブン・ミーが運転を拒否したら走って逃げる覚悟だった。

「帰ろう。俺は帰りたい。ソーリー」

「なんで?どうした?何が気にくわないんだ?」

ブン・ミーは驚きつつ悔しそうに顔を歪めた。私は一応「タイプがいない」と理由をつけたのだが、そんなことはどうでもよくて、とにもかくにも今夜はカオサンに帰りたかった。今夜はEDなのだ。

彼には紹介料もきっと入ることになっていたのだろう、彼の面子も丸つぶれかもしれない。でも、客が帰りたいと言うのだから、しょうがないではないか。

スキンヘッドはさも不快そうに悪態をついているようだった。男たちも諦めて「ちぇ」っと言った具合に散っていく。

べつに見るだけでもいいはずだし、厳ついスキンヘッドに肩を組まれ、子分の男たちに包囲され、オールバックにぴったりマークされれば、なんだか怖いし、帰りたくなるというものだ。俺は帰りたい。タイプの娘もいない。性病も怖い。

ブン・ミーはやけに悔しそうだ。

ミラー越しに必死に次の手を打ってくる。

「別のMPがある、そこはもっと可愛い子がそろってる。な?そこへ行こう、行くだろ?な?」

「いや、カオサンまで戻ってくれ、俺は帰りたい」

「なんでだ!?」

「戻ってくれ」

「&%#”!’(&‘!!」

 

このやり取りがしばらく続いたのち、諦めたブン・ミーは途中から大人しくなり、悔しさを持て余しながらカオサンに戻った。当初の計画が狂ったせいか、彼はカオサンに辿りつくまで終始苦悶の表情であった。

着くと、約束通り180バーツ払い、「ごめんな」と肩を叩いて別れた。彼はまだ悔しそうだった。

やはり紹介料をもらえなかったのが悔しいのだろうか?たしかにガソリン代もかさませてしまったかもしれない。でもそういったことも含めて180バーツではないのか?

なんだか強烈な罪悪感に包まれたのだが、それほど悪いことをしたわけでもないだろう。マッサージパーラーを見るだけで終わったとしてもなにも問題はないはずだ。

私は宿に帰りたかった。そしてむやみに変な「ツアー」に参加するものではないと少々反省した。風俗にしても、酔った勢いでないとだめな質のようだ。結局このようにして、この晩、双方にとってあまりハッピーな小ツアーとはならなかったのであった。

※※※※※

旅の最後に、有名なMP、ポセイドンという所へ行ってみた。その建物は、あたかもホテルのように巨大で小奇麗な佇まいをしていた。しばらく入店する勇気が出なかった私は、ずいぶん長い間前の大通りを行ったり来たりしたのち、ついに意を決して足を踏み入れたのであった。

来る前のリサーチで二階には「中級レベル」、三階にはさらに上レベルの嬢が揃っているとのことだったのでとりあえず二階へ上がった。

ソファーに着き、案内が付き、しばらく目の前の「金魚蜂」を眺めていたのだったが、やはりどうもこのシステムが性に合わないらしくしっくりとこない。それにこれといって目ぼしい子も見当たらなかった。

結局、見るだけ見てなにもなく店を出たのであった。私にはマッサージパーラーというのがどうも肌に合わないらしいのであった。

 

 

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