カオサン路地裏の野良猫。寝ているのか、それとも角度のせいか瞳が見当たらない。
「バックパッカーの聖地」は欧米人で溢れ、インドの若者の姿も
バンコクのカオサンロードは「バックパッカーの聖地」と呼ばれている。日本から世界を西回りするにも、ヨーロッパ人がオセアニアに抜けるにしても、タイはその中継地点になり、カオサンは世界中のバックパッカーが集まる東南アジア一のハブになっている。
ちなみに「カオサン」とはタイ語で「白米」を意味する。もともとこの周辺に米問屋が多かったことに由来するらしい。
ここはバンコクの中の異国情緒だ。300メートルほどの賑やかな通りには安宿や飲食店をはじめ、日用品、土産、旅の情報に違法アイテムまで旅に必要なものは何でも揃う。日本からパスポート片手に手ぶらで来て、ここから全てを初めてもいいくらい。
通りは欧米人で溢れ、近頃ではインドの若者の姿もよく目につくらしい。日本の沈没外こもり組もどこかには潜んでいる。
近頃、日本人旅行者の姿は稀になりつつある。その煽りを受けてか、廃業する日本人御用達の安宿や旅行代理店の噂も聞くようになった。背景には、格安航空券の普及に伴う宿泊選択肢の広がりや、バックパッカー人口の減少など色々と言われている。
カオサンロードの入り口付近。この周辺は欧米人の姿が支配的だ。
観光地化
猥雑さはあれど、マックやケンタにセブンにオシャレな宿やレストランと、街並みは綺麗に整ってゆく。バーやクラブでは深夜に向かって宴と狂騒が繰り広げられる。タイの若者たちにとってカオサンが、日本で言うところの原宿のような場所になりつつあるという話も聞く。もはや旅人巡礼の「聖地」という神聖なイメージはあまりない。
観光地化は平凡な旅行者には好都合かもしれないし、賛否を争っても仕方がない。しかし、8,90年代にカオサンに屯し、廃退や尖った空気を謳歌した古株の旅人にとって、そこが垢ぬけて消費的な場所になり下がることは必ずしも歓迎されない。
「カオサンロードは年々ひどくなる。言っておくが、あそこはバンコクではない」。旅行記作家の嵐よういち氏は今から10年ほど前に著書でそう記した。「古き良きカオサン」を知らず、2013年にはじめて呑気に足を踏み入れた私ですら、出来上った感じの街並みにちょっとくるのが遅すぎたかなと感じた。マッサージされる白人の無数の足裏を横目に、知らないはずの古き良きカオサンに思いを馳せて歩いた。
21歳の時、カナダへ旅立つ私への友人からのプレゼントだった。たしかフライト中に読破した記憶がある。私がカオサンに初上陸したのはそれから7年後であった。
映画「ザ・ビーチ」の舞台にも
80年代中頃から人が集まり安宿が建ち始め、90年代にはバンコク安宿街の定番としての地位を確立した。2000年に公開された映画「ザ・ビーチ」では、主演のディカプリの旅はカオサンの安宿に始まり、タイ南部の秘島を目指した。
カオサンや南部の島々に向かう旅人の中にはこの映画に影響された者もの多いかもしれない。ちなみに私も高校時代にこの映画を見ているが、お色気シーンは鮮明に焼き付いているが、カオサンの印象などゼロだった。海があまり好きではないし、南部は宗教がら物騒なイメージと欧米人たちのパーティーが日夜繰り広げられているイメージがあり未だ足を運んだことはない。
カオサンの路上で売られる昆虫食は写真を撮るだけでも10バーツ払わされる。イサーン地方のものとは違い、味も鮮度も良いとは言えないが、観光客の目を引いてそれなりに売れるのだろう。
日没の後、カオサンから少し離れた薄暗い路地を適当に彷徨っていると、民家の灯の前で車屋台の昆虫食の悪くなったのを男女が穿けているのを目撃した。こんな路地裏からカオサンに繰り出していたということ、そして「虫の使い回し」という貴重な裏を押さえた気分だった。
観光客にとって昆虫食は珍味、「新鮮な虫の味」を知らない客だからこそ成り立つやり口かもしれない。塩とソースを塗りたくってしまえば、カオサンの客に味なんてわかりゃしない。
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格安ゲストハウスからホテルまで軒を連ねる
カオサン通りとその周辺には、一泊100バーツほどのドミトリーから、数千バーツの中級ホテルまでがごちゃごちゃとひしめいている。
安宿を寝床とするのが常の私の旅はいつも、底は120、奮発しても500バーツほどで高止まり、その間を行ったり来たりしながら気ままに流転する。
安ければ当然、簡素なベッドにかたかたと喚く扇風機、ゴミのような屑かごだけに囲まれて眠ることになる。精神を患った隣人の独り言が子守唄の晩もある。あまり落ち着かない共同の水場で用を足し、冷やかなシャワーを浴びてやり過ごす。
大通りを一歩奥に入ると迷路のように路地が入り組んでいて、好奇心をくすぐられとても面白い。 先細る路地の先に安宿が隠れていたりする。私の興味はこういった路地の奥に魅かれてしまうのだ。
夜な夜なレストランで流れる洋楽とお客の大合唱の中で、皿やグラスの回収に忙殺されるタイ人ウェイトレスの眉間の皺に、少々いたたまれない気分にもなった。店の裏方の暗闇から、なぜかタイ人側のスタンスで店の賑わいを眺めてみたりもした。もともともっとのんびり暮らしてきたタイ人のはずなのに、時代の流れのなかでこんなことになってしまって、と。
お祭り騒ぎの観光客を背に、路上にへたりこみ器を手にうつむいたままの浮浪者。その怨念染みた輪郭に、「聖地」という言葉はついに木端微塵にされる。
哀愁漂うタイミュージックに琴線を揺さぶられたい私としてはとても長居の気が起こるはずもなく、とりあえずルンピニーの閑静な路地あたりに隠れたい気分になる。
反面、それでもバンコクに来たら挨拶がてらここの空気を吸ってみたいし、仲間でわいわい過ごすにはきっと楽しい場所だろう。
ルンピニーの格安ゲストハウスでの体験はバンコクのゲストハウス。ルンピニーのおんぼろ安宿に9日間滞在するでチェックできます。