タイのテロのほとんどは「深南部」で起こる
タイ南部のマレーシアとの国境付近にはたくさんのマレー系イスラム教徒が暮らしている。
パッタニー県を中心として、ヤラー県、ナラーティワート県の三県に加え、一定のマレー系住民が暮らすツンクラー県を含めてタイ「深南部」と呼ばれる。
タイ国内に暮らすイスラム教徒(ムスリム)の多くは、この南部の深南部周辺に集中している。このあたりに暮らす220万人の住民のうち、約9割がマレー系イスラム教徒である。そのため、現在でもこのあたりではマレー語方言が飛び交い、タイ語を話せない住民も多い。
国民の9割以上を仏教徒が占めるタイ王国。そんな中、マイノリティーに当たる5パーセント前後のイスラム教徒のほとんどがこの一帯に集中している。旅行者の私は、タイの中の「異文化の香り」に引き寄せられるままにそこへ踏みこんでみたいものだが、そうもいかない暗い影が長い間この一帯を覆っている。
この地域には14~19世紀にかけてパタニ王国というものマレー人王朝が存在していた。現在のタイパッタニー県を中心に領土が展開されていたが、1902年にはタイに併合された。
この地域では長らくタイ同化政策が行われてきた。マレー文化や宗教の厳しい管理下での抑圧的な暮らしの中で、深南部のイスラム教徒のうち「一部の過激派」による激しい反発が生まれるようになる。
旧タクシン政権による強権政治も火に油を注ぐ形となり、分離独立運動が一時期は激化、凄惨なテロ行為も頻発するようになった。
たとえば2005年から2007年ころまでの深南部におけるテロ発生件数は急激に伸びているが、これは2004年に起きた騒動やモスクへの立てこもり事件(クルス・モスク事件など)に対して旧タクシン政権がとった強硬手段への激しい反発がもたらした結果と言われている。
この頃から深南部は旅行者が足を踏み入れられないほど危険な場所に様変わりしていった。
そういった背景のもと、タイ深南部では現在でもイスラム系住民による独立運動が行われており、日常的に死者を出すほどの過激なテロ行為や治安部隊との武力衝突もたびたび起こっている。
タイで起こる政治デモや、赤シャツ、黄シャツなどについて薄らとなら知っている人は多いと思う。しかし深南部でテロや武力衝突が日常的に頻発していることは意外と知られていないのではないだろうか。これは、世界中から年間2200万人以上の観光客が訪れる「東南アジアの楽園」で今も起きていることである。
テロ発生件数はピーク時に比べると減少しているものの、比較的平和と言われているタイ国内において、深南部は唯一旅行者が近寄りがたい地域となっている。
ちなみに、タイ南部には魅惑のビーチや有名リゾート地もたくさんあるのだが、私は海がそれほど好きではないことと(サメが怖い)、深南部の「テロ」による物騒なイメージから、いままでバンコク以南へ足を踏み入れたことがない。
タイ国内で引き起こされるテロのほとんどが、こうした南部で分離独立運動を展開するイスラム教徒の「一部の過激派」によるものと言われており、テロが発生する場所もタイ深南部に一極集中している。
外務省のホームページでも、タイ深南部は「渡航の延期をお勧めします」と注意を促している。しかし「渡航の延期」と言うよりも、渡航を考えない方が無難であろう。
2004年以降、タイ南部で自治拡大を目指す武装勢力によるテロが急増し初めた。それ以前のテロ発生件数は年間100件前後を推移していたが、旧タクシン政権による強行政治による反発から2004年には1800件以上にまで跳ね上がり、2005年には2000件を突破する。
その後減少傾向にはあるものの、毎年1000件を超える数で推移し、例えば2013年には1298件、2014年には2004年以降では最少の793件と下火になっている。
死者の数を2004年からこれまでに合計すると約6000人以上にのぼり、多くの尊い命が奪われている。また、負傷者の数は10000人を超えると言われる。
ついこの間もマレー系イスラム武装勢力による犯行と思しき以下の様な爆破事件が起こっている。
20日午後1時ごろ、タイ深南部ナラティワート市内で、自動車に仕掛けた爆弾が爆発し、十数人が負傷、建物20棟が破損した。爆発の約50分後、現場から約300メートル離れた路上で、バイクに仕掛けた爆弾がみつかり、警察が爆破処理した。タイ治安当局はタイ深南部の分離独立を目指すマレー系イスラム武装勢力による犯行とみて捜査を進めている。newsclip.be
これまでに武装集団からターゲットにされて来たのは、一般人から僧侶に至るまでのタイ人仏教徒を初め、役所に勤めるムスリムや学校で教鞭をとるムスリム教師など、タイ側に加担した裏切り者と判断された同じイスラム教徒にまで及んでいる。
さらに、外国人観光客が犠牲となるテロも起こっている。2011年9月にはナラティワート県の市街地で起きた連続爆破事件により、3人のマレーシア人観光客が死亡している。
たとえタイ人仏教徒を狙ったテロであっても、無関係な観光客が不運にも巻き添えを食らいかねない状況がある。
こうした環境のなか、地元の仏教徒たちは自警団を組織するなど治安維持に向け対策を講じる。政府や軍からのサポートのもと治安維持を目指して常時10万人以上の兵士や警官が深南部に送り込まれているのだが、対立が鎮静化する気配は一向になく、むしろこうした動きが対立を激化させているという意見もある。
テロや襲撃事件は頻繁に起こっており、例えば2014年4月14日のnewsclip.beに掲載された記事によると、同年の2、3月に深南部で起こったテロによる死者は99人に達するとある。主に銃撃、爆破、放火などが実行された。
また4月2日の午後には、タイ深南部のパタニー県においてバイクを運転していた女性が銃で撃たれ死亡したのに加え、ヤラー県では乗用車が襲撃を受け、乗車していた県内の町村男性と村役場職員の女性が二人とも殺害されている。
死亡した女性の頭部は切断されていたと言う。犯人は一部の過激なマレー系イスラム武装組織であると考えられている。
2013年の2月には、2004年以降では最大と言われる武力衝突が起こった。タイ南部のナラティワート県において、武装集団約50人が軍基地を襲撃し、銃撃戦の末、武装集団側の16人が死亡した。
テロ活動はタリバンが支持しているとの噂、情勢不安を狙ったベトナムからの武器支援、タイ政府や民主党の自作自演などさまざまな憶測も飛び交っている。
タイ深南部では連日のように爆破事件や襲撃があちこちで起こっており、文化の交流地点という魅力を備えながらも残念ながら旅行者が気軽に足を踏み入れられる場所ではない。
そして、現在の所、タイ政府側と武装勢力の対立が鎮静化する見通しすらまったく立っていない。