イサーン タイ 夜遊び

そのボーイッシュなバービア嬢は、ある強烈なコンプレックスを抱えていた。

投稿日:2015年5月4日 更新日:


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タイ、イサーン地方の田舎町、ウドンタニー。夜、年配のファラン(欧米人)の姿が目立つ通りにある一軒のバーに入った。その他にもいくつかバーはあったのだけれど、店の女と目が合い、彼女に捕まったからそこにしたのだ。

その娘は花柄のタイトなワンピースの、細身でどちらかと言うとボーイッシュな娘だった。

しばらく他愛もないおしゃべりをした。ビールをねだられて二本ほど奢った。カウンターの中にいたやや年上の嬢にも数本だけ奢り、その他のリクエストは断わった。

私はすぐにウイスキーに切り替えて、それからは一途に飲み続けた。バンコクのハイエナのようなバービア嬢たちに比べると、その店の嬢たちにはまだ擦れていない素朴さや一歩引いた遠慮があり、そこには好感が持てた。あたりまえだが、時の流れもゆっくりとしていて、居心地は良かった。

この一帯で、私はかなり若手だった。ここは欧米のおじさんたちの天下のような通りで、アジア人の三十路手前の私がここにいるのは少し場違いな気がした。

どの店もそういった人たちで溢れていたし、長期滞在者、いや、リタイヤの後この街でのんびりとバーやレストランを経営しながら暮らしている人も多い。当然、タイの若妻を持つ人も多いだろう。

日本のおじさんの姿もちらほらと目についた。たまには若い欧米の旅行者や、アジア人の姿も目に付いた。昼間ならまだしも、女性旅行者などが夜この通りを歩くのは紛れもなく場違いだった。

背後のビリヤード台では、店の嬢たちが玉を突いて遊んでいた。私も遊ぶように誘われたのだが、あまり得意ではないのでこの時はプレイしなかった。もしもダーツがあったなら、これは射ていたかもしれない。私はダーツが結構得意なのだ。

私を店に引っ張り入れた嬢とカウンターのおばちゃんらとグラスを傾けながらおしゃべりをしていると、豊満で色気むんむんの嬢が、日本人のおじさんを連れて店に戻ってきた。どうやらベッドから帰って来たようだった。

田舎のバービアでは、ホテルから一緒に店に戻って来る嬢とすっきりと満たされた表情をした男の姿と言うのはお馴染みであったから、すぐにそうと分かるし、露骨に、かついたって爽やかにそうした売り買いがとり行われているように見える。

しばらくすると、別の日本人の男がそろそろと店にやってきて、私の隣に腰かけた。彼は40代、日本で教師をしているという。彼とカウンターで少し話した。

私は急に日本人然とした喋りと態度に戻った。ウドンタニーのとあるバービアの、カウンターの一角が急に日本的なものに変わった。彼は教師である自分がこのような場所にいることにやや負い目を感じているという旨を私に告げた。私はそんなことを気にしている彼が少し退屈に思えた。

さっきの豊満で色気むんむんの女が早くも彼を誘いに近づいてきた。すると彼は彼女を相手にすることもなく、主に私とだけ話を続けた。先ほどベッドから戻ってきたばかりのそのツヤツヤの嬢だったが、すぐにまた別のベッドを狙いはじめていたのである。

彼との、さも「日本的な」会話の最中に、色気むんむんの女がひょこひょこ割って入りこんでくる状態が、ちょっとした気まずい空気を二人の間に醸成したが、二人はそれでもかくかく互いの話に相槌を打ちながら、他愛もない会話を続けた。

二人の少々堅苦しい日本的な会話の空気を、嬢たちは物珍しげに、ともすると退屈そうに眺めていた気がする。なんとなく私も彼女らの前で、「日本的なもの」を実演披露しているような錯覚を持ってさえいた。

「数日はこの辺にいると思うので」と、後日また会えたら飲みましょうといったことを言い残して彼はホテルに戻って行った。本当にホテルに戻って行ったのかどうか知る由もないが、結局それからもう彼とは会わなかった。

※※※※※

イサーンの場末のバービアの、店の壁に掲げられた北欧の国旗群は、その客層の一端を暗示してはいたものの、例えば、イギリス国旗のTシャツをなんら意味なく着ている日本人を見た時のような素っ頓狂な可笑しさが胸にうずいた。

デンマークの国旗が最も目立っていたので、彼女に「オーナーはデンマーク人なのか?」と聞くと、どうやら違うようで、「デンマークのお客さんが多いの?」と続けて尋ねるが決してそんなこともないようであった。

結局その他の国旗にも特に意味はないようで、向こうもそう言われてみればなぜだろうと言った風に首を傾げて「分からない」と可笑しそうにいって「だよな」と二人でくすくすと笑った。

それまでにどんな曲が流れていたのかは良く覚えていないけれど、とあるタイのポップスが流れ始めた途端、ボーイッシュな彼女は踊り出した。どうやらその曲が彼女のお気に入りのようだった。

カウンターに腰掛けた私の目の前で体をくねくねし、時に回転などもしながらだったのでかなり困ってしまった。しばらくして彼女は一緒に踊ろうと誘ってきた。

私は恥ずかしかったし酒の勢いもまだ付いていなかったのでなんとかはぐらかし断わり続けた。しかしそれでもなお誘ってくるので渋々踊ることになった。それは私なりのちょっとした男気のような頑張りだった。

彼女はよく踊った。壁の鏡に映る自身を見ながらくねくねと踊った。なにか、鏡に映る自分の姿への異常な興味が見てとれた。一緒に踊ろうと誘ったわりには、頑張ってリズムに乗る私の方など一切見ていなかった。それによって(俺はこんなところで何をやっているんだ)という複雑な気分が大きくなったが、それでもしならく踊り続けた。

鏡に映る自分自身への彼女の異常は視線は、彼女の自信の表れのようでもあり、同時に自信のなさの表れのようでもあった。

私は適当にリズムを取りながら、時々彼女をクルリと回したりしてやり過ごしていたが、自分としては、それは知り合いには絶対に見られたくない滑稽な姿であった。「何してんのお前?」と友人に笑われそうである。

周囲の欧米のおじさんたちの視線が少々気になった。しばらくして一応恰好だけはついた頃にふたたび席について酒を飲み続けた。

私がトイレに入り用を足していると、ドアがばっと開いた。冗談のつもりかその彼女が入ってきてそれなりに真剣な面持ちでこう言い放った。

”I am not ladyboy!”

それは突飛で訳の分らぬ訴えであった。

私は驚きつつもすぐにピンと来た。なんとなくだが彼女の心理を読み取った。どうやら彼女は、自分がレディーボーイと勘違いされているのではないかと、心配だったらしい。

ところが私の方は、そもそも彼女がレディーボーイだという疑いなどは微塵もなく、正真の女だと分かっていたので、用を足しながら後ろ向きの恰好で”I know”と安心させた。

おそらく彼女は、豊満さに欠けると思いこんだ自分の容姿や、どことなくボーイッシュな自身の性格を自覚していて、そこが一種のコンプレックスとなっていたようなのだ。そういった事を私は、用を足しながら直感し、理解した。

踊るあいだも鏡に動く自分のチェックに余念がなかったのは、その体のラインや、その姿全体が醸す色気のようなものを確認していたのだと思う。そうした態度はすべてコンプレックスの裏返しだったのかもしれない。

はたまた私の態度がそっけなかったのかもしれず、それが余計に彼女にコンプレックスを意識させてしまったのかもしれない。

だからってトイレに入って来ると言うのはやめてほしい。用を足している最中に背後に立たれると言う事がいかに落ち着かないかということは、男性なら共感してもらえることのはずだ。それに、私は基本的にそっけない。

※※※※※

どれくらい時間が過ぎただろうか、彼女がクラブへ行こうと熱っぽく誘ってきた。まだ踊るつもりかと少々呆れたが、私は行くことにした。

支払いをしようと財布を開くと、お金が足りなかった。いつのまにか飲み過ぎていたようだ。カードは使えないということで目と鼻の先のATMに降ろしに行くのだがなぜかそこでは下ろせなかった。それで、別のATMまでその彼女がバイクで送って行ってくれる事になった。

ウドンタニーの駅前の大通りまでノーヘルで快走した。バイクを飛ばす彼女の様子はやはり男勝りに映った。戻ってきて支払いを済ませて、街で数少ないであろうクラブへ向かった。店内はガラス張りで欧米のおじさんや若い旅行者風の者、地元の若いタイ人もいた。

彼女は早速激しく踊り始めた。店内は鏡張りだから、彼女の天下だった。自分自身を確認するにはうってつけの場所のように思えた。私はもう踊らなかった。踊る彼女の傍で一人で酒を飲んでいた。

そのうち、同じくらいの年の欧米からの旅人となにか話したりしたが、じきに彼は私と来た彼女と一緒に踊り始めてしまった。

私は彼女の事をちょっとだけ気に入ってはいたが、もちろんだっき知り合ったばかりの人だし、それは大した好意でもなく、一抹のジェラシーを抱えていたものの、そのまま外のテラスでナッツを摘まみながら飲み続けた。

外からも二人の姿は見えて、それを酒の肴にしながら少し複雑な気分で煙草をぷかぷかやった。このまま彼女はあの男と行ってしまうのかなあと思っていたら、結局私の方へと戻ってきた。それはそれで嬉しかったが、「俺の方へ来い」とその欧米の男から彼女を引っ剥がしにゆくつもりもなかった。流れに任せるつもりだった。

しばらくして二人で店を出た。

二人で路肩に腰掛けた。これからどうするか決めねばならなかった。私の泊っているゲストハウスは格安で、日本に住んでいたことがあるオーナーともかなり打ち解けてとてもよくしてもらっていたので、あまり女を連れ込みたくはなかった。

ホテルではなく安いゲストハウスでは女をつれこむのを嫌がられる。ベッドも小さくて硬かったし、時々蟻も這っている始末だったので恰好もつかない。彼女はなら自分の部屋へ行こうと言った。私は彼女の部屋へ行くことにした。

さっきのバービアから少し離れた、小奇麗な中級レベルのホテルの一室に暮らしていた。部屋も小奇麗で、入り口の脇には洋服がずらりと並んでいた。

ウドンタニーも田舎街だが、彼女はさらに田舎から出てきた娘だった。「休みはいつなの?」と週どれくらい働いているのか尋ねると、「私が休みたいと思った日が休み。いつだって私次第よ」と少々自慢げに言った。それほど貧窮しているようには見えなかった。

私が先にシャワーを浴びて、そのあと彼女が浴びている間、ベッドの脇に置いてあったイラスト入りの英会話の本を手にとって眺めながら待った。内容はとても易しく基本的な会話が主だった。

彼女の客の大半は欧米人のおじさんであった。あの通りは彼らのユートピアだった。寝る前にこれをなにげなく眺めて練習している彼女の姿が頭に浮かんでくるとちょっとだけ愛おしさが芽生えた。

彼女がシャワーから出てきて、布団に入った。あるのかと尋ねると、彼女はベッドの引き出しからすっとコンドームを出した。

※※※※※

遅い朝、ほぼ同時に目が覚めた。彼女はすぐに床を箒で掃き始めた。散りとりでゴミを掬うとゴミ箱に投げた。私はしばらくベッドの上でだらだらとしながら彼女の様子を眺めていた。

自分はベッドの上で寝転んで、彼女が色々と動き回っている光景を見ているのは、なんだか心和むものがあった。同時に、こうした行きずりの関係というものが、結局自分に大した実をもたらさないというような当たり前のことをぼうっとした頭で結論付けていた。

彼女はベッドでごろ寝する私に、ミネラルウォーターを与えた。酒を飲んだ翌日、喉はからからでごくごく飲んだ。シャワーを浴びたら?と促され、新品の歯ブラシを用意してくれた。姉妹でどこかに旅行したときに撮ったらしい写真も見せてくれた。

もしウドンタニーに長くいるつもりなら、このホテルに安く泊れるようにオーナーに話して上げるけど、と言ってきた。そのようなことを、昨夜のバーで飲んでいる時からすこししつこいくらいに進めてきた。

紹介料でも入るのかもしれないし、はたまた寂しさを紛らわす相手として適任と思われたのかもしれない。しかしそのホテルは値下げしてもらったとしても貧乏旅行の私には高いように思われた。この旅の間は小汚いゲストハウスのみを点々としなければやっていけなかった。それに、この街に長居するつもりもなかった。

彼女は涼しげな恰好に着替えて、二人で部屋を後にした。受付の人に見つからないように、彼女の後ろを離れて歩いて、彼女が受付の目を引くために話している間に、私はドキドキしながら速足でホテルを出て、外で彼女を待った。

外は相変わらずの炎天下だった。私が道路側を歩き、彼女は塀側を歩いた。背後から車がぶっ飛ばしてくると、彼女は子供にでもやる様に私を塀側にぐっと引っ張った。歩いている間、これといって何も喋らなかった。「今日は仕事に行くのか?」と聞くと、「今日は休もうかなぁ」と答えた。

彼女はそのままマッサージに行くと言った。私もマッサージの良さを語られ、来るように誘ってきたのだが、私はあまりマッサージが好きではないし、「用事があるから」と言ってそこで別れた。また会うのか、会わないのか、お互いそんなことは口にせず、なんとなく「またね」といった感じでただ友達のように別れた。

後日、ノーンカーイで約一週間ほど過ごした後、またウドンタニーへと戻り、同じバーへ繰り出した。その時その子の姿はなく、私の事を覚えていたもう少し年上の女は、彼女が豊胸手術を受けにバンコクへ行ったことを私に教えた。

私は驚いた。そして彼女が「レディーボーイじゃない!」とトイレに入り込んできて言い放ったことや、鏡に映る姿に異様なまでにこだわっていたことを思い出し、やはり強烈なコンプレックスを感じていたのだと痛感した。

一夜を共にしているだけに、ちょっと複雑な心境だった。胸の小ささなんて、どうでもいいことなのに、そんなことのために体にメスをいれるなんて、やるせなく、残念な気持ちになった。

その、少々年上の嬢と一緒に飲んだ。彼女は、私と豊胸手術のためにバンコクへ向かった彼女があの晩関係を持った事を知っていて、若干からかわれ、彼女からどんな話を聞かされているのかも分からないゆえに恥ずかしいような不安もあったが、すぐにそれはどうでもよくなった。

彼女には欧米人のおじさんのパトロンがいて、経済的なサポートしてもらっていること、今回の手術代ももちろん負担してもらっているだろうこと、しかし本当は彼女は若い男と付き合いたいことなど、こちらから聞いたわけでもないのだが、向こうから色々と教えてくれた。

「あの娘、胸が小さいことを相当気にしていたみたいなの」

※※※※※

ビリヤードをしている若い旅人風の白人の男を眺めながら話しを聞いていた。前回もいた、豊満な女が脇に付いていて、どうやら今夜はその男といっしょに寝るというのは一目瞭然だった。

その豊満な女は、以前にも、夜の通りで白人の男と腕を組んで歩いているのを目撃している。それは明らかにホテルへ向かう途中であった。

夜の散歩をしていた私と目が合い、特に気まずそうなそぶりもなく、あらどうも、と言った感じでお互い目で挨拶した。タイに長くいると、こうした光景にも慣れてくる。

見たことのない若い女が近付いてきて話しかけてきた。彼女もここで働いているようだった。私がすぐにチェンマイへ行くというと、その娘も休暇でチェンマイへいく予定だと言ったが、どうでもいいことに思えた。

無駄に元気な感じがどうも苦手で、そっけなくしていたらじきに離れていった。

見たことのない子がもう一人いた。その子は異様なほど痩せていて、ほぼ間違いなくエイズを発症していると思われた。みんなに混ざって少々気だるそうにビリヤードをしていたのだが、ついついちらちらと見てしまった。

タイにいる間、なんどか極度に痩せた人と遭遇したが、そういった人々はおそらくエイズ患者だと思う。彼女もそうだという確証はないが、もしそうなら、この店で働いていると言う事は、お客との売春で感染した可能性も十分に考えられ、そうした場所で遊んでいる自分にも決して他人事ではないということを痛感させられた。単純に、怖い、と思った。

後日、バーンナーカーという県で二泊して、ふたたびウドンタニーへ戻った。数日過ごしたあと、チェンマイへ移るつもりだった。時は、ソンクラーンフェスティバル真っ盛りだった。街には水飛沫が舞い、人々は皆ずぶ濡れであった。

ウドンタニー最後の日、世話になった宿のオーナーの電話番号を聞いてから別れを告げた。今度また訪れる時はお土産でも用意してこようとかと思った。

夜のバスまでまだ時間があったので、例のバーに行ってみることにした。もう、ちょっとした顔見知りで、年上の女も、豊満な女も、みな私に水を浴びせかけてきた。昼間、欧米の旅行者たちに混ざって水鉄砲で道行く人に打っている時に、たまたま目の前をバイクで通った豊満な女に水をぶっかけていたので、今度はたっぷりと復讐されたのだ。

店から、一人の嬢が駆けよって来た。あの、彼女だった。すでにバンコクから戻って来ていたようだ。もちろん豊胸の話などしなかったが、軽い挨拶をしながらなにげなく胸元を見やるとたしかに、以前よりも少し膨れていた。

他の嬢たちはみな路上で水びたしで遊んでいるのに、彼女だけはカウンターに大人しく座っていたのはもしかすると、まだ傷口が癒えていないからかもしれなかった。

彼女はこれで満足したのだろうか。私には胸のサイズなどどうでもいいような事に思えたが、彼女にとってはそうもいかないのだろう。だが、それにしても、、、と言った心境だった。

きっと、すぐ隣にいた豊満な彼女には、その手の悩みなど一切ないのだろうなぁと思いながら、「チェンマイへ行く。またね」と言ってその場を後にした。

 

-イサーン, タイ, 夜遊び

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